57 / 63
第57話
それから1ヶ月後、介護の仕事から帰ってきた圭太に母親が呟いた。
「ねぇ圭太。私は大丈夫だから、思うように生きていいのよ?」
「どうしたの?突然」
「あんた、好きな人がいるんでしょ?たまに会いに行ってるじゃない」
隠しようのないことだけれど、いきなり振られたため少し動揺してしまう。
「うん……確かにそうだけど」
「どこの人だっけ?」
「……新宿」
「そう。私も体調は良くなったし、もう無理はしないから安心してそっちで暮らしていいのよ?」
「でも仕事あるし、簡単には辞められないよ」
「そうねぇ。今の仕事をやっていくのなら、向こうでも介護職はあるんじゃない?探してみればいいわ」
「そうだね……そうしてみようかな」
圭太が答えると、母親は優しく微笑んでくれた。
調べてみたら、今圭太が働いている介護施設の系列になる施設が新宿区にもあるらしいことが分かった。
これまで働いてきて知らなかったのは迂闊だったかもしれない。
ちょうど区切りの良い10月から異動をしてもらえないか施設長に頼んでみた。
「すみません、施設長。10月から新宿の方に異動できないでしょうか」
ここもギリギリのところでやっているので、離れることは心苦しさがある。
「え、どうしたの?どうして新宿に?」
「あ、いえ……ちょっと、他の施設でも学んでみたいなと思ったので」
正直なところ、半分は嘘だった。本当の理由は琉季の傍にいたいからであり、介護に携わるために成長していきたいと思ったのもある。
「あー、そうなんだ。んー、君に抜けられると辛いんだけどな、まだ時間あるしこちらは何とかするから、行っておいで」
40代の男性施設長は、快く受け入れてくれた。
「本当にすみません。ありがとうございます」
「取り敢えず、向こうにも連絡しておくから」
「はい。お願いします」
圭太は深々と頭を下げた。
9月末に、圭太は再び新宿に引っ越した。琉季のいる2丁目に割と近く、施設にも通いやすい場所に部屋を見つけたのだ。
それに、住むのは1人ではない。
新宿の施設に移ることにしたと琉季に話したら、彼が一緒に住もうと言ってくれたのだ。それで、10月から一緒に住み始めたのだった。
ともだちにシェアしよう!