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第58話

「琉季さん、何もわざわざお店から少し離れた場所にしなくても……」  同居し始めてすぐ、申し訳なさで琉季に言ってみた。  夜中に営業が終わって帰ってくるとなると、徒歩しかないので、十五分かかる。 これまでは店から五分という近さの場所に住んでいたので、少しだけでも遠くなったのは心苦しさがあるのだ。 酒を飲んだ状態で夜間に歩いていたら、とても物騒だとも思う。 「あ?お前嫌なのかよ」 「そうじゃないけど……お店からの帰り、夜中に大丈夫かなと思って。」 「別に大丈夫だよ。ちゃんと考えて飲むし、ぐでんぐでんにはなんないからさ。お前と離れるよりよっぽどマシ」 「瑠季さん……」  ホストのことを信じるのは、並大抵の精神力では不可能かもしれない。けれど、圭太は1人の男としての瑠季を信じることを決めた。例え大勢の男と関わっていたとしても、彼は信じるに足るだけの気持ちで満たしてくれているから。  1年後、瑠季はホストとしての最後の日を迎えた。圭太はたまにしか店を訪れなくなっていたが、最後ということで時間を作ったのだ。  瑠季はここで5年ほど勤務していたそうで、ファイルと銘打ってイベントが行われた。  イベントは盛況で、瑠季はあまり席に着いてくれなかったが、想定内であり寂しくはない。逆に、これほど多くの人に見届けてもらえている彼を誇らしくさえあったくらいだ。  深夜1時にイベントが終わり、訪れた客たちは帰っていった。瑠季は仲間たちと送別会でもするだろうかと、ひっそりと店を後にしようとしたのだが……。 「あ、圭太ちょっと待て」  瑠季に引き止められてしまった。 「え、琉季さん……」 「ちょっと待て。大事なことがあるからさ」  圭太は、何が何だか分からない。 「でも……」 「いいから。な?」  琉季は宥めるように圭太の頭を優しくポンポンと叩いた。 そして、その場を離れて近くにあったテーブルに置かれたマイクを手に取り、スイッチを入れた。

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