休み前夜、僕はすぐりくんの部屋を尋ねた。 ラフな格好でいいと聞かされていたが、何を着ていいか分からない僕は結局、制服をきっちりと着込んでドアの前に立った。 コンコンと静かに音を立てると、小さなノックにも気づいてくれたらしく、すぐに反応があった。 緊張で息を飲んで見つめた先、ゆっくりとドアが開いた。 現れたのは、ふじくんだった。 「あ、あの、」 僕はてっきりすぐりくんに出迎えてもらえると思っていた。そのせいか、急激により一層の緊張が押し寄せた。言葉を紡ぐこともままならない僕に、何故かふじくんはすぐりくんのように優しげに微笑んだ。 ふじくんにはなんだか違和感があった。 「どうぞ、入って。」 促されるまま寮の片隅にあるすぐりくんのひとり部屋に入ったが、そこにすぐりくんの姿はなかった。 「皆からはどう聞いてる？」 ふじくんは飲み物を用意しながら話しかけてくれる。僕が淹れますと言った方がいいだろうかということばかり頭を巡って、僕は何も返事をできなかった。 「僕が他の親衛対象とは違ってMVPの子を抱かないとか、言われてるんじゃない？」 温かい紅茶をテーブルにそっと置き、柔らかく微笑んでこちらを見つめた。 そこで僕はふじくんが自分のことを"僕"と言っていることに気がついた。 ふじくんは普段、自分のことを"俺"というのに。どうしたのだろうか。 「えっと、あの、」 ふじくんにじっと見つめられ、その引力に惹き付けられて反らすことができなかった。僕もふじくんを見つめ返して、ようやく先ほど感じた違和感の正体が分かった。 髪型だ。 今ふじくんは、いつもすぐりくんがそうしているみたいに前髪を横に流している。 普段は整髪剤できっちりと纏めている髪が、首を傾げる動きに合わせてはらりと落ちて、胸がドキリと高鳴った。 「本来なこんなこと、しないんだけど。」 そう言って、ふじくんは僕の手を取った。 男らしいふじくんの手は思いの外優しく僕の手を引いて、ふいに距離が近づく。動悸が早まり続けて止まらない。 「さとくんだけは特別にしたい。」 ふじくんはもう片方の手で僕の顎を引き寄せて僕の方へと顔を近づける。キスしちゃいそうな程近くを通りすぎ、耳元に唇を寄せた。 そしてあの、優しい声で囁いた。 「さとくんは、どうしたい？」 顔があつい。息が苦しい。今までまともに話すことも出来なかったふじくんが、こんなに近くにいて、何も考えられなくなった。 ただ、ふじくんの様子がいつもと違うことだけが気がかりで、気付けば恐れ多くも僕はその名を口にしていた。 「ふ、じくん、」 その瞬間ふじくんの表情が強張った。 ふじくんの瞳が冷たく光り、じっと見つめられる。 すぐに、まともに話したこともないのに"ふじくん”と馴れ馴れしい呼び方をしてしまったことに気がついた。慌てて訂正しようとした。 しかしそれよりも早く、ふじくんは先程までとは一変した無感情な声で告げる。 「なんだ、気づいてたのか。」 ふじくんの放つ険しい空気に僕は体をピクリと震わせた。