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第9話
ふじくんは悪い人間だ。恋人がいながら僕をときめかせるような事をして、一体どういうつもりなんだろう。
部屋に帰った僕は鳴りやまない心臓を押さえた。
春の光に照らされてキラキラと輝くふじくんをチラチラと伺いながら、桜並木を歩いた。
繋いだ手から伝わる温もりが、春を知らせる木漏れ日の様で、心と体までぽかぽかしてしまう。
まるで、本当に好き合っている恋人のようなひとときで、勘違いしてしまいそうだった。
いや、勘違いしてしまったんだ。
だから、僕はふじくんが本当の恋人といる姿を見て、とてもショックを受けてしまった。
その日、ふじくんと別れてから数時間後のこと、寮の共用のシャワールームに着いたときに、二人が話しているのを聞いてしまった。
「なぁ、ほんとに好きなのかー?」
聞き覚えのある声だった。近頃、ふじくんやすぐりくんとよく一緒にいるひと。
「‥‥っきだよ。」
切羽詰まったふじくんの声。
「んー?なにー?もっぺん言ってみ?」
じゃれるような声音に、ふじくんとただならぬ仲なのだと分かってしまう。
相手はきっとすぐりくんの親衛隊会議にもよく顔を出している品があるのに親しみやすいあのひとだ。
春休みに入り、共用スペースの利用時間が自由になって、いつもより遅い時間に来たばっかりに、ふたりと遭遇してしまった。
それにしてもこの会話は一体なんだろう?
まるで、まるで恋人同士がいちゃついているような、このやりとりは。
ショックに固まった僕はシャワールームの入り口で動けなくなっていた。
二人の話し声が近づいて来て、まずいと思ったときにはもう遅かった。
扉が開いて、僕を見たふじくんが慌てて後ろに立っているひとをその背に隠す。
やっぱり、近頃ふじくんたちと一緒にいる
あのひとだった。
甘いマスクに似合わず冗談を言うのが好きらしく、よく場を和ませては嬉しそうに笑っている。
このひとが、ふじくんの恋人。
意外ではあったが、すごく品のあるひとで、ふじくんにはぴったりだと思ってしまった。
その場の空気に耐えきれず、慌てて駆け出そうとするが、最初の一歩でつんのめってしまった。
来るだろう痛みに構えて反射的に目をつむるが、僕を襲ったのは痛みではなく、背中から伝わる体温とシャンプーの香りだった。
ふじくんに支えられた。
後ろに立つあのひとの視線を感じ、どうにか離れようとするが、もう一度ふじくんにしっかりと抱き止められてしまった。
「‥‥どこから聞いてた?」
涙を堪えてうつむく僕に、ふじくんは宥めるように囁き声で尋ねた。
僕は何も言えずにうずくまった。
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