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第3話
HARU、爛漫☆第3楽章『初めてのお留守番1』
それは、突然やってきた。
「え?公演のオファーが来た?」
「そうなの!お父さんが今入ってる楽団に昔の仲間がいてね、ぜひ来て欲しいって」
「スゲーじゃん!んで、どこだっけ?親父が今いるトコ」
「ドイツよ」
「……へぇ……」
俺が生まれて世界中を演奏して歩くピアニストを辞めた母親。
俺は現役時代の母親をよく知らないけど、ピアノ教室の前後で弾いてるピアノを聴く限りはめちゃくちゃ上手いって思うからせっかくのオファー、行ってくればいいんじゃね?って思った。
「行ってきたら?レッスン、休みにして問題ないなら」
「えっ、いいの?練習とかあるから1ヶ月は帰って来ないわよ」
「こういう時の為に俺に料理教えたんだろ?俺、留守番出来ないガキでもねぇし」
母親は俺にいいよ、って言われるのを待ってるみたいだったから言ってやった。
「ありがと!春楓!そしたら行かせてもらうわね!!」
嬉しそうな母親の顔。
少し前までは、この人は俺がいるから我慢したものがあるんだって思ってた。
それで喧嘩した事もあって、その時は母親に泣かれた。
『あんたにそんな思いをさせてたなんて母親失格ね。あんたを産んだ事、こうして生活してる事、私は何も後悔してないのに』
そう言われてから、俺はここにいて、生まれてきて良かったんだって思えた。
だから今は母親がすごく嬉しそうにしてても嫌な気持ちになったりはしないんだ。
「あんたも一通りの事は出来るし、春希くんと春翔くんもいるから大丈夫よね」
母親のその一言に、俺はハッとなる。
いや、むしろ俺ひとりでずっといる方が平和だと思うぞ。
あのふたりがこの事を知ったら、絶対何か起きるに決まってる。
でも……隠しきれないよな……。
母親の出発の日が決まると、俺は潔くふたりに事情を説明した。
「おばさん、明後日からいないんだ。春楓、見送りに行くよね?僕も行くよ」
「春翔が行くなら僕も行く」
「いや、ピアノに行けって言われてるから行かない」
電車の中、ふたりはいつもより声が大きい。
興奮し過ぎだろ。
「えっ、そうなの?」
「……ピアノの後から1ヶ月、春楓はひとりで家にいるんだね……」
「…………」
ポツリと言った春希の一言で春翔が黙る……のかと思いきや、すぐに、
「春希、家が近いからって入り浸るなよ」
って言い出した。
「それ、春翔に言いたいんだけど。春楓が心配だからとか言って押しかけてそのまま入り浸ったりしそうなの、春翔の方だと思う」
俺を間に挟んで言い合うふたり。
「やめろってば!とにかく、俺はしばらくひとりだから家に来てもいいけど、それで揉めるならふたりとも来るな!!」
俺が一喝すると、ふたりは黙り込む。
「…ごめん、春楓。揉めないから行ってもいい?ちゃんと春希と話し合ってふたりとも納得した形で行くから。春希もそう思ってるよね?」
「あぁ、だから春楓、行ってもいいよね?」
しばらくの沈黙の後、春翔が口を開いて言い、その後に春希が続いた。
しょんぼりとしたふたりの顔は昔泣かされた後の時の顔を思い出させて、俺にしょうがねぇなぁって思わせる。
ホント、狡いよな。
俺よりデカい図体になったのに、中身は昔とほとんど変わってないなんて。
「分かった。ちゃんと揉めないで決めろよ」
「うん、ありがとう!春楓」
「ちゃんと話し合って決めるよ」
嬉しそうにするのも昔のまま。
そんな顔してるふたりを見るのが好きな俺がいた。
******************
その後、春希と春翔は話し合って、俺の母親がいない1ヶ月間は交代でうちに来る事にしたらしい。
ふたりの母親もほぼ家族ぐるみの付き合いだから、ふたりがうちに泊まりでいる事に対して反対はしなかった。
1週間交代で家に来る事になったふたり。
最初に来たのは春希だった。
「春楓、これ借りて来たよ」
春希は力士用の大きな布団一式を1組持ってきた。
「これ、担いできたのか?」
「そうだけど」
近くだから出来たんだろうけど、見た人何やってんだと思っただろうな。
布団を家のピアノ教室スペースに運んでふたりで敷くと、ふたりで寝られそうな広さだった。
「春翔が来た時も使っていいから」
「おう、ありがとう……」
って、ここでふたりで寝るのかよ。
「春楓、ここで一緒に寝てくれるよね?」
やっぱそうなるよな。
嫌じゃねぇけど、ただ一緒に寝るだけで済むんだろうか。
「ね、寝るだけならいいけど……」
「本当?約束出来ないけど分かったよ」
「何だよ、それ」
「だって……僕、春楓の事大好きだから何もしないでいられる自信ない……」
口元でだけ笑ってる春希が俺を抱き締めてくる。
布団を担いできたからか、首筋に汗が見えた。
俺のより太めな首。
春希の身体、どこもガッチリしてて男って感じでカッコ良く見える。
「そ…そこは堪えろよ。春翔とも抜け駆けしないって話してるんだろ?」
俺、なんつー話してんだ。
「うん、でも、キスと手で処理するのはいいって決めてるから」
それに真面目な顔で答えるなよ、春希。
「だから春楓といる間に1回はすると思う」
そう言って、春希は早速キスしてくる。
「春楓、夕飯どうする?何か足りないものあるならうちからもらって来るよ」
「あぁ、母さんがローストビーフサラダとチキンカツ作っていってくれたからそれで良かったら」
「うん、じゃあ有難く頂くね。おばさん、しばらく留守にするから春楓の好きなもの作ってくれたんだね」
「そうなんだろうけど、肉ばっかだよな」
抱き合ったまま、他愛ない話をする。
こういうのが俺は好きなんだけど、ふたりはそれだけじゃ物足りないんだろうな。
「あ、春楓」
「ん?」
「連弾やらない?」
「あぁ、いいけど」
教室にあるピアノを見ているうちにピアノが弾きたくなったのか、春希が言い出す。
春希は俺たちの中で一番ピアノに見合わない身体になっちまったけど、ピアノが一番好きなのは春希だと思う。
最初は両親が子供の頃習いたくても習えなかったから自分たちの子供にって事で一人息子の春希に習わせた感じだって聞いたけど、春希はいつも楽しそうにピアノを弾いてるんだよな。
「剣の舞とかどうかな」
「いいよ、それで」
小学部5年の時、発表会で連弾した曲。
俺が早く弾きすぎてよく怒られたっけ。
春希、あの時合わせて弾けなくてごめんってよく泣いてたな。
イスを並べて、あの時のように座る。
春希が低音部だから左側、俺は高音部だから右側で。
あの時、本番で一番演奏が上手くいって喜んだのも束の間、誰が撮影してたのか知らないけど小学生離れしてる演奏とかでテレビに紹介されて何回かテレビに出た事があったな。
お互い親が有名人みたいなもんだから余計に話題性があったんだと思うけど、あの時の春希、いつも緊張してて演奏が終わったら泣いてて、俺が慰めてたっけ。
『良かった、間違えないで弾けた……』
『頑張ったな、春希』
『春楓が演奏する前に手を握っていてくれたからだよ、ありがとう』
泣きながら抱きついてきた春希の頭を撫でてたな、あの頃の俺。
今じゃそんな必要ないと思うくらい、春希は立派に育ったけど。
顔を見合わせると、春希がピアノを弾き出す。
俺はそのテンポに合わせて、突っ走らないように弾き始めた。
剣の舞を弾いてる時はテンポが早いからテレビゲームで遊んでる時みたいでめちゃくちゃ楽しい。
あの時よりお互い上手くなってるし、強くなったタッチでダイナミックに弾けてるから面白くて仕方なくて、あっという間の時間だったから俺はもう1回弾きたくなっちまってた。
「春楓はやっぱりすごいね。弾いててすごく楽しいっていうのが伝わってきて、僕もすごく楽しかった。あの時よりもずっと上手く弾けたよね」
春希も同じ気持ちを感じてくれたのかな。
その笑顔はあの時と同じように見えた。
「やっぱそう思った?春希、もう1回だけ弾こうぜ」
「うん、いいよ、やろう」
ピアノ、サッカーほどじゃねぇけどやっぱ楽しい。
俺は春希にワガママを聞いてもらって連弾を楽しんだ。
それから、春希とは晩飯を食べて、交代で風呂に入る事にした。
一緒に入るのは春翔と勝負してから決めるって言ってたけど、コンクールは再来月だから何で勝敗つけるつもりなんだろう。
ま、揉めたら俺が来るなって言ったから揉めたりはしねぇと思うけど。
春希に先に風呂に入ってもらって、俺はその間に食べ終わった食器を洗っていた。
しばらく食べられないおふくろの味、と言えばそうなんだけど、最近は俺も料理してたからそこまで思い入れがあるわけじゃない。
「春楓、お風呂先に入らせてくれてありがとう」
食器を洗い終わってリビングでソファに座ってテレビを見ていると、春希がやって来る。
Tシャツにハーフパンツ姿の春希。
私服よりもそのゴツい身体がすぐ分かって、俺はドキッとしちまってた。
「?どうかした?」
「い、いや…別に。お前寝る時もう半袖で寝るんだなって思って」
だんだん暑くなってきてるけど、朝晩はまだ寒いから俺はスウェットのパジャマで寝ていた。
「ん…先週くらいから半袖でいいかなって思って…」
俺の隣に座ると、春希は首に掛けていたタオルで髪を拭いている。
逞しい腕。
春希、親父さん譲りなのかもしれねぇけど、いつの間にかこんな身体になってたよな。
「春楓、熱あるの?顔紅くなってるけど…」
「わぁっ、違う違う!ちょっと暑いなって……」
俺、春希が俺の額に自分の額をくっつけてきたからめちゃくちゃ動揺する。
「……ふふっ、もしかして僕の事見て何か考えちゃった……?」
そこからそんな事を俺をドキドキさせる大人っぽい顔と声で言ってきて、春希はキスしてくる。
そのまま抱き締められて、その胸の厚さに俺はますますドキドキしてた。
「…あ、あのさ、春希って何食べてそんな身体になったのかなって思って……」
キスの後、俺は春希に肩を抱かれてかなり密着した状態でソファに座らされる。
「えっ、そんな事考えたの?」
俺の言葉に、キョトンとした顔になる春希。
「悪いかよ!」
「悪くないよ、ちょっと期待してたのと違っただけだから」
「俺はお前と違ってエロい事とか考えないから!」
「ごめんね、そういう事考えちゃって」
さらっと言うコトじゃねぇと思うんだけど、口元だけで笑って話す春希がちょっと色っぽかった。
「僕、昔喧嘩弱かったでしょ?だからこのままじゃダメだって思って、お弟子さんたちに混ざって稽古するようになったんだよ。それでお弟子さんたちと一緒に食事したりもして、そうしてるうちに背が伸びてきたと思う」
「えっ、そうだったんだ、知らなかった」
だからこの体格なのか。
俺は納得した。
「うん、今初めて言った。言う事でもないかなって思ってたから。今でも朝稽古には参加してるから、明日一度家に帰るね」
「お、おう……」
「そうだ、春楓も良かったら一緒に来て見学してる?そのまま朝ご飯うちで食べて学校行くとかダメかな?」
「お前んちが大丈夫ならそれでもいいけど…」
「大丈夫だと思う。昔一緒に朝稽古見学してご飯食べたり……なんて結構してたし。春楓がお風呂に入ってる間に聞いておくよ」
「あぁ、頼むな、春希」
そう言って、俺は風呂に入る事にした。
******************
風呂から上がって髪を乾かすと、俺たちは勉強をして(俺は春希に言われて仕方なくやった)から布団に入った。
「おやすみ、春楓」
春希は寝る時になってようやく眼鏡を外した。
「おやすみ……」
「あ、待って、春楓。僕、よく見えないから春楓からキスして欲しい」
「はぁ!?」
「お願い」
低い声なのに昔の甘えた口調で言う春希。
コイツ、本当に見えてねぇのかよ。
俺を見てる目線、バッチリ合ってるけど。
でも、春希は幼稚部の途中から眼鏡かけるようになってたからウソじゃねぇんだよな。
小さい時から眼鏡なんてあまりいなかったからそれでもからかわれたり眼鏡取られたりしてたし。
けど……。
「お前さ、そのよく見えない状態でよく稽古に参加してるな」
話してるうちに浮かんだ疑問をそのまま春希に聞いてみる。
「慣れ…かな。でもね、僕みたいに目が悪い人もいるよ」
「へぇ……」
「春楓、そんな事どうでもいいから……」
「…………」
いつもと違う低いトーンで、恐らく手探りで俺の顔に触れてくる春希。
俺はその手に触れると、ギュッと目を瞑って春希にキスをした。
「ん……ッ……!」
顔に触れていた手が肩の辺りに触れるとギュッと引き寄せられ、上唇に春希の舌が触れて変な声が出る。
「……ふたりになるとがっついてくるよな、お前……」
「そういう僕は嫌い……?」
春希は少し悲しそうな目をした。
「嫌い…じゃねぇけど、春希もそういうトコあるんだなって。口数だってこんなに多くなかったと思うし」
「……僕だって男だから。前も言ったよね?春楓の全部が欲しいくらい好きなんだって。それに、ちゃんと言葉で伝えなかったら春楓は春翔の方に行っちゃうんじゃないかなって思って……」
その目が潤んでいく。
「バカだな、んな事で泣くなよ」
もう一度、俺は春希にキスして、初めてその唇を自分から舐めた。
そしたら春希が俺の舌に自分のを絡めてきて、俺たちはしばらくその行為に没頭した。
「ありがとう、春楓。すごく嬉しかった」
眠る直前、春希が昔みたいに笑ってくれた。
俺にとってはキスよりそっちの方が、ものすごく嬉しかったんだ。
******************
朝5時。
春希のスマホからものすごい音が鳴って俺は目を覚ます。
「ごめん、春楓。びっくりしたよね」
横を見ると、手探りでスマホを止める春希の姿があった。
「いや、俺の目覚ましもこんな感じだから大丈夫」
まだ少し眠いけど、朝稽古に行くんだから寝坊出来ねぇ。
春希の親父さん、見学でも遅刻してきたらめちゃくちゃキレてくるしな。
「春楓」
起き上がると、眼鏡をかけた春希に抱きしめられる。
「おはよう」
「おはよ…」
「春楓、キスしたい」
「ん……いいけど……」
春希は俺の後頭部に触れながらキスしてくる。
朝っぱらから何やってんだ、って思ったりもしたけど、春希の手が心地よくてそんな気持ちはすぐにどこかにいってた。
「……行こうか」
「お、おう」
ほんの少しだけに留めておいたのは、やっぱり親父さんの事があるからだろうな。
春希はそのままの服で制服とカバンを持ち、俺は制服に着替えてカバンを持って春希んちに向かった。
「おはようございます!」
「ただいま……」
「お前ら、遅い!!春希は準備、春楓は掃除しろ!!」
中に入ってすぐ、仁王立ちをしてる親父さんがよく響く声で言う。
「はいっ!」
「うん……」
春希がいつもの淡々とした返事で着替えに行ったのに対し、俺は大きい声で返事をして、稽古の見学場所である畳スペースの掃除に取り掛かった。
実父とは年に一度会えればいい方な俺にとって、春希の親父さんはもうひとりの父親だって小さい時からずっと勝手に思ってた。
春希と同じようにダメなものはダメって叱ってくれて、何かトラブルがあった時は心配してくれて、ありがたい限りだ。
「春楓、しばらく見てなかったけど元気そうだな!」
「うん!部活とピアノで毎日があっという間だよ!」
「おいおい、勉強もちゃんとしろよ?ま、何かあったらうちの春希に聞くといい。あいつ、俺に似ないで勉強は得意みてぇだから」
明るくて豪快な親父さん。
春希と笑った顔はそっくりだけど、性格は正反対だ。
親父さんや後援会の人たちが座る畳スペースの掃除をしていると、若いお弟子さんたちが入ってくる。
その人たちに紛れて、春希もまわし姿でやって来た。
その筋肉質な身体はお弟子さんたちに見劣りしなくて、俺はちょっとだけドキドキした。
準備体操をすると、春希はお弟子さんたちと稽古を始める。
「春希、お前の稽古なんて稽古のうちに入ってねぇんだからもっと気合い入れろ!!」
身体の大きなお弟子さんに投げられて泥だらけになってる春希に檄を飛ばす親父さん。
春希は息を上げながら、次のお弟子さんと交代するまで何度もそのお弟子さんにぶつかって、投げられてを繰り返していた。
真剣そのものって感じの春希はスゲーカッコ良くて、目つきもいつもより鋭く見えた。
春希、これを毎朝やってから学校に来てたなんてスゲーな。
「ありがとうございました……」
時間にして30分くらい。
春希は相手をしてくれたお弟子さんに頭を下げると、土俵から離れて奥の方に行ってしまう。
「春楓、あいつはシャワー入ってから上に行くから先に行って母ちゃんの飯食ってろ」
「あ、はい、今日はありがとうございました!!」
「今度は土日に来い。一緒にちゃんこ食べたりしよう」
「ありがとうございます!!じゃあまた!!」
親父さんが稽古中なのに笑顔を見せてくれる。
俺はお礼を言うと、階段を登って春希んちの自宅スペースに向かった。
「おはよう、春楓!春希から聞いたわよ。困った事があったらいつでも家にいらっしゃいね!」
「おはよう!!ありがとう、おばさん!」
キッチンからおばさんがやって来て俺を笑顔で出迎えてくれる。
「春希、もうすぐ来ると思うから先に食べてなさい」
「うん、ありがとう。いただきまーす!」
ダイニングテーブルには既に美味しそうな朝飯が並んでいた。
おばさんの作った具だくさんの豚汁、美味いんだよな。
俺はそれから食べさせてもらってた。
「めっちゃ美味っ!!」
「ありがとう。春楓はすぐ感想を言ってくれるから嬉しいわぁ。春希なんて無言で食べてるから張り合いがなくてねぇ…」
「あいつ、贅沢だな。俺、おばさんの料理めちゃくちゃ好きだよ」
「アンタ、そう言ったらお母さんが可哀想でしょ」
「全然。ホントの事だし」
明るくて気さくなおばさんも俺にとってはもうひとりの親みたいな存在で。
話してると母親と話してるみたいな気持ちになる。
「おはよう……」
そこに、制服に着替えた春希がやって来る。
さっきまでの春希はそこにいなくて、いつもの淡々としてる春希がいた。
「春希、昨日は春楓の家で何してたの?」
「ピアノ弾いたり、勉強したりしてたけど」
「普段うちにいる時と変わらなかったのね」
「そう」
春希がテーブルにつくと、おばさんも一緒に食べ始める。
おばさん、まさか息子が幼なじみの男が好きでそれなりのコトしてるなんて思ってないだろうな。
「春楓、今日の夜ご飯はうちで食べない?」
「えっ、いいの?」
「もちろんよ。何食べたい?」
「ありがとうございまーす!んー、おばさんの飯何でも美味いから迷うな。春希、何かねぇの?」
「……何でもいいけど、強いて言うならミートドリアかな」
「いいな、ミートドリア!!」
「分かったわ、腕によりをかけて作るわね!!」
おばさん、春希が口を開くとめちゃくちゃ嬉しそうだ。
春希、普段あんまり話しなさそうだから、ちょっとの事でも嬉しく感じるのかな。
3人で朝食を済ませて歯ブラシをもらって歯を磨かせてもらうと、俺は春希んちから学校に向かった。
「春楓、あの流れだと母さんうちに泊まってけって言うと思うけどいい?」
「俺は問題ねぇけど、春希んちは大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思う。ふたりとも春楓の事、子供だと思ってるところあるから」
そう話す春希はどこか不満そうだ。
「……お前が嫌ならお前とうちで寝るけど」
「えっ、いいの?」
春希の表情が明るくなる。
「いいよ、おばさんには適当なコト言ってお前連れて帰るようにするから」
「春楓……ありがとう、すごく嬉しいよ」
地下鉄に乗る直前。
春希がそっと、俺の手を握ってきた。
俺は春翔が来るまで、人混みに紛れてその手をずっと離さなかったんだ。
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