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第4話
HARU、爛漫☆第3楽章『初めてのお留守番2』
春希との1週間はお互いの家を行き来してるうちに終わってた。
休みの日には春翔が気にしたらって話になって、布団を干したりしたりもして。
『また来週、春楓と一緒にいられるのすごく楽しみだよ』
昔のままのようで、そうじゃなくて。
春希の事、知らない事も結構あって。
だからきっと、春翔の事も知らない事があるんだろうな。
それが何なのかちょっとワクワクしながら、俺は春翔と過ごす日を迎えた。
******************
月曜日。
春翔はスーツケースを持って、少し早めに俺んちまでやって来る。
「今日から一緒に通えるなんて嬉しいよ、春楓」
「おう、よろしくな、春翔」
とりあえずスーツケースをピアノ教室の部屋に入れると、俺は春翔と一緒に家を出る。
「おばさん、何て言ってた?」
「ん?あぁ、ひとりで大変だろうから手伝ってきてあげなさいってさ。何か用事が出来たら連絡するから、その時は帰るように言われたよ」
「そっか。その時はちゃんと帰れよ」
「もちろん。春楓と離れるの、寂しいけど」
駅まで向かう途中、春希が合流してくる。
「おはよう、春希」
「…おはよ」
「おーすっ」
春翔がいる以外はいつもと変わらない朝。
地下鉄に乗って、学校に行って、授業を受けて、部活に参加して。
「お疲れ様、春楓」
図書室に向かうと、そこには女の子たちに囲まれた春翔の姿だけがあった。
「春希は?」
「帰ったよ。家で勉強とピアノの練習するってさ」
「そっか」
先週、春翔もそうだった事を俺は思い出す。
お互い、俺とふたりだけの時間を長く取りたいって事なんだろうな。
「みんな、今日は楽しかったよ。じゃあ、またね」
「ごきげんよう!」
「さようならー!」
春翔が笑顔で言うと、女の子たちは目を輝かせながら手を振っていた。
「春楓、今日の夕飯って買い物して行かなくても大丈夫?」
「あ、ちょっと足りないかもしんねーな」
「じゃあ駅に着いたら買い物してから帰らないといけないね」
学校を出て、電車に乗って俺んちの最寄り駅まで並んで座って話をする。
他所の学生も乗ってて、知らない女の子たちが春翔を見てキャーキャー騒いでいるのが聞こえた。
春希の時もあったけど、春翔の方がその人数が多い気がする。
「あの、その制服、翠璃ヶ丘学園のですよね?」
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「僕?ハルトだけど」
そう言って女の子たちを興奮させるような目線を送る春翔。
俺の事が好きだってバレないようにカモフラージュとしてやってるって言ってたけど、それって女の子たちからしたらいい迷惑だよな。
「きゃああああ!」
「すごくカッコイイですね!」
「ありがとう!君たちもすごく可愛いね」
おいおい、ウインクとかしちゃってどーすんだよ。
女の子たち、完全にメロメロだぞ。
「春翔、降りるぞ」
「あぁ、分かってるよ。じゃあまた会えたらいいね」
女の子たちがうっとりしてる中、俺は掛けずらかったけど春翔に声を掛ける。
春翔は女の子たちに手を降ると、俺と一緒に電車を降りた。
「お前さ、誰彼構わず声掛けられたら話すのやめろよ」
「?どうして?もしかして、ヤキモチ?」
「んな訳ねーだろ!」
春翔がニヤニヤしながら答えてきたからついイラッときて怒り口調で言っちまう俺。
「さ、買い物しようよ、春楓。夕飯、何にする?」
「うーん、今日暑いから素麺か蕎麦は?うちにどっちもあったけどネギないんだよな」
今日は初夏の陽気ってテレビのニュースでやってただけあって夜でもまだ暑かったりする。
「いいね、僕は蕎麦がいいな。他に何か出来そう?」
スーパーの中を制服を着て買い物かごを持って話しながら歩く俺らふたり。
知らないおばあちゃんたちは可愛いとか偉いとか言ってくれて、おばちゃんたちは若い女の子たち同様、春翔を見て黄色い声を上げた。
「ドラマの撮影か何か?ふたりともカッコイイわねー!」
「いえ、普通に買い物してるだけです」
カッコイイってたまに、ごくたまに言われるけど、それって春翔や春希みたいなルックスを言うんであって、母親と同じ大きな目と二重まぶたで童顔の俺はカッコイイとは違う気がするんだよな。
言われて嫌な気持ちはしないけどさ。
「春楓がカッコイイって言われると嬉しいんだけど、心配にもなるよ」
ざる蕎麦と野菜炒めを作る事にした俺たちは買い物を終えると俺んちまで並んで歩く。
「心配?」
「そう。女の子とかに告白されたら春楓は好きになっちゃうのかなって」
「さぁ、どうかなぁ……」
俺、春翔にわざと不安にさせるような事を言ってみる。
「……でも、もしそういう人が現れたら、僕は潔く身を引くよ。春楓を僕よりも幸せにしてくれそうな人だって僕が思えたらね」
でも、春翔は動じる事なく言った。
その瞳は笑ってたけど、少し寂しそうだった。
…って、春翔が認めるような相手なんていると思えねぇんだけど。
「お前だって俺以上だと思う人に逢うかもしれねぇじゃん」
俺んちに着いて、鍵を開けて玄関に入りながらそんな話をする。
そしたら、春翔が買い物の入ったレジ袋を床に置き、俺を抱きしめてきたんだ。
「僕は絶対にないよ。春楓以外に誰かを好きになる事なんて考えられない」
そう言って、春翔は俺の顎を持ち上げてキスをする。
「んん……ッ……!」
腰の辺りに手を伸ばされ、ゆるゆると臀を撫でられる。
それにぞくっ、として口を少しだけ開けてしまうと、そこに春翔が舌を入れてきた。
「ふ……ぅんっ……」
春翔のわざと音を立ててくる舌の動きも、手の動きも心地よくて頭がぼーっとしてくる。
「はぁ……っ、いきなり何だよ」
「春楓がくだらない事聞いてきたからその可愛い口を塞ぎたくなっただけ」
春翔はそう言って俺の額にもキスをする。
「くだらないって…お前だって同じ事言っただろ!」
「あっ、そう言われたらそうだったかもしれないね」
「…しょうがねぇ奴だな」
目が合うと、俺たちは笑い合った。
******************
「そういやさ、春翔は何で知らない人に話しかけられてあんなに派手なリアクションするんだよ」
夕飯を終えて後片付けをしながら、俺は前々から気になってた事を春翔に尋ねる事にした。
「あぁ、わざとやってるんだよ。わざと目立つように」
「は?どういう事だよ、それ」
意味分かんねぇ。
何でそんな必要があるんだよ。
「僕ね、昔から外にいる時は監視付きなんだ。父が僕に変な輩が寄らないようにという事でなんだけど…」
「は?監視??過保護過ぎるだろ」
俺、その言葉にびっくりした。
外で常に見張られるって窮屈だと思うんだけど、春翔を見てたらそんな感じには全然見えない。
…マイペースな春翔だから堪えられるのかも。
てか、親父さんって何やってる人なんだろう。
他に家族がいるって事しか春翔から聞いてなくて、あまり知られたくなさそうだったから聞いた事ないけど、そんな事が出来る人って事はそれなりの仕事に就いてる人だよな。
「うん、ちょっと行き過ぎだと思うよね。でも、そのおかげで僕は危ない目に遭わずに済んできたんだ。父が僕の事を心配してくれて、とても大切に思ってくれてるから止めて欲しいって言えないけど。……それに、僕は父が僕に対して別の感情を抱いている事、知ってるから……」
「は?何だよ、それ」
春翔は真面目な顔をして意味深な事を言い出した。
「それより春楓!お願いがあるんだけど」
かと思えば、俺の質問を完全にスルーして、暗いイメージだった表情を明るい笑顔に変えて言ってくる。
「な…何だよ」
とてつもなく嫌な予感しかしないけど。
「僕、春楓のピアノで歌が歌いたくなっちゃって」
「へっ?」
思った答えと違うものが返ってきて、俺はびっくりした。
てか俺、何考えてんだよ。
春翔には絶対言えないけど、何かエロい事したいって言い出すんじゃねぇかって思っちまった。
「去年さ、学祭で頼まれてバンドに参加したでしょ?その時の曲、また弾いてくれないかな?」
「あ、あぁ、ちょっと練習させてくれるなら……」
去年の学祭で、毎年ピアノの発表会で顔を合わせる春翔のファンの女のセンパイが春翔にキーボード兼ボーカルをやって欲しいって頼んできた。
で、春翔は俺にキーボードをやらせて自分は歌に集中したいって言い出して、先輩は春翔が言うならと言って俺の参加を承認した。
その時は何で俺?春希いるじゃんって思ったけど、今はその理由がはっきり分かる。
あの時、女のセンパイ方に混ざってボーカルとキーボードやって恥ずかしかったけど、演奏してる時は楽しかったな。
春翔、ピアノだけじゃなくて歌も上手いから、あの時はめちゃくちゃ盛り上がったし。
下に降りてピアノのある部屋に入ると、俺は棚から楽譜を探す。
結構前に出てたバンドの曲。
生徒さんでそのバンドの曲を弾きたいっていうのでそのバンドの曲がまとまって入ってる楽譜が……お、あった。
楽譜を取り出すと、俺は早速ピアノの前に腰を下ろす。
春翔も横に座り、俺の練習を聴きつつ発声練習っぽい事を始めた。
何度か通しで弾いて感覚を思い出すと、春翔に大丈夫だって声を掛ける。
「うん、じゃあよろしく!」
春翔はイスから立ち上がり、深呼吸した。
俺は前奏を弾き始め、やがて春翔が歌い始める。
春翔の歌声。
すごく張りがあって、身体にじーんと響かせるパワーがあって。
ピアノを弾いてて合わせるのが気持ち良い。
弾き終えると、俺と春翔は笑顔を交わした。
「ありがとう、すごく楽しかった」
「俺も楽しかったよ。春翔、歌スゲー上手いから聴いてて気持ちいいし」
「春楓、今度逆にしてやらない?春楓が歌って僕がピアノ弾くの。春楓の歌声、聴かせて欲しい」
「えっ、俺?」
「いいでしょ?カラオケに来たと思ってさ」
「わ……分かったよ」
俺、決して春翔みたいに歌えないけど、割とカラオケが好きだったりする。
春翔のピアノに合わせて歌うなんて、学校で春翔がピアノ伴奏に選ばれて合唱する時以外初めてかも。
春翔の隣に座って歌うと、それに春翔がハモリを入れてくる。
春翔、カラオケに行って俺が歌う時は必ずこうしてハモってくれるんだよな。
一緒にハモるの、めっちゃ楽しい。
「春楓、カラオケ行きたくなっちゃうね」
「そうだな。ピアノの帰りにでも行く?」
「うん、そうしよっか」
ピアノ帰りのカラオケはよくある事だった。
春希にも声を掛ける事に決めて、俺たちはちょっとだけ勉強して、風呂に別々に入ってから一緒に寝た。
******************
夜中。
普段は目が覚めないのに何故か目が覚めた。
ふと横を見ると、苦しそうにしている春翔の顔がすぐそこにあった。
「父さん」
親父さんの夢を見てるみたいだ。
「僕を見ていたら思い出すの?父さん、伯父さんの事、好きだったんでしょ?」
えっ?
春翔、どんな夢見てんだよ。
てか、これって今日言ってた話とめっちゃ関係あるんじゃね?
「答えて」
「わぁっ!」
突然、春翔が俺の腕を掴んできたからびっくりして声を上げてしまう。
「…あ…春楓……ごめん、変な夢見てて……」
目を覚ました春翔の大きな瞳に涙が滲んでいたのを俺は見逃さなかった。
「……っ、何ひとりで抱え込んでだよ、ばかやろ」
親の事で言い淀んでいた時と同じに見えたその表情に、俺は思わず春翔を抱きしめていた。
「俺に話せよ、春翔。今までそうしてきただろ?……面倒、ずっと見るって言っただろ……」
照れくさかったけど、俺はそう言って春翔を抱きしめる腕に力を込める。
「……春楓は僕の事、何でもお見通しなんだね。僕は春楓のそういう所も大好きだよ」
涙目のまま春翔は笑って、俺にキスしてきた。
俺の背中に伸ばした腕は力強く俺を抱きしめ返してくる。
「僕、寝言でどんな事言ってた?」
「親父さんが春翔の伯父さん?の事好きだったとか何とか……」
「……うん、父に確認はしてないけど、間違いないと思う。僕、キックボクシングやってるんだけど、最初に勧めて来たのは父で……」
「へぇ……ってマジで?いつの間に?」
春翔の口から格闘技の名前が出てくるなんて。
全然そんなイメージなかったから一番驚いたかも。
「中学生の時かな。春希がだんだん逞しくなってくのを見て、僕も弱いままの僕じゃダメだって思って父に相談したんだ」
「それで親父さんがキックボクシングを勧めてきたんだな」
「うん。父に知り合いがいるからっていう事でジムを紹介してもらって今も通ってるんだけど……」
「そこで何かあるのか?」
春翔が知りたい?っていう顔をしているように見えたから、つい聞いてしまった。
「うん、そのジムは昔伯父が在籍していたみたいで写真が飾ってあったんだけど、僕にそっくりで。母からは何も聞かされていなかったから驚いたよ」
「でも、それだけじゃ親父さんが伯父さんの事を好きっていう事としては弱くねぇかな」
「まだあるよ。伯父の名前、青木翔太郎っていうんだ。僕の名前に同じ翔が入ってるの、伯父からもらったんじゃないかなって思って」
「そうなんだ……」
自分の名前じゃなくて好きな人の名前から息子の名前を決めたかもしれないのか。
それは特別な感情があってもおかしくない…かもしれない。
「母に聞こうか迷った時もあったよ。でも、母は僕に伯父の存在を最初から教えてくれてないから聞くに聞けなくてね」
「おばさん、その人がきょうだいなのに春翔に教えなかったって何でだろな」
「うん……」
俺の一言で、春翔は黙ってしまう。
ヤバいと思って、話題を少し変えてみた。
「そういや、春翔は伯父さんの話、誰から聞いたんだよ」
「ジムの会長からだよ。写真に写ってる人が誰か聞いたら君の伯父さんにあたる青木翔太郎さんだよって言われたんだ。それ以上の話はしてないけど」
「じゃあその人なら知ってるんじゃね?次に行く時俺も一緒に行くから確認してみようぜ」
俺、春翔の頭を昔みたいにポンポンと撫でながら言ってみた。
「うん、ありがとう、春楓。ひとりだとなかなか聞く勇気が出なかったんだ」
春翔が俺に笑顔を見せてくれる。
「春楓、大好きだよ。僕…ずっと春楓と一緒にいたい」
「春翔……」
朝までの時間、俺たちはそのまま抱き合って眠った。
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翌朝。
俺のうるさいスマホのアラームで起きて、ふたりで朝飯を作って食べた。
鮭フレークをご飯に載っけたのと、サラダと味噌汁。
味噌汁は豆腐とネギを入れて少し多めに作って、夜か明日の朝にまた飲めるように冷蔵庫に入れた。
「…おはよ」
ふたりで家から出て少し歩くと春希に会う。
「おーっす」
「おはよう、春希」
そこから駅までの道でピアノの後でカラオケに行く話をして、春希を誘ってみた。
「うん、いいよ。僕もふたりの歌が聴きたいから行く」
「じゃあ3人で楽しめるな!」
春希はあまり歌わないけど、誘ったら毎回来てくれる。
春希、下手じゃないしむしろ低音がカッコイイのに歌いたがらないんだよな。
ちょっともったいないって思う。
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3人で登校して、帰りは春翔とふたりでスーパーで買い物して帰る。
春翔とはそんな日々を過ごして、ピアノの日はカラオケで3人で盛り上がった。
そして、春翔がキックボクシングに行く日がやって来て、俺は部活の後ジムに向かうって事で春翔に先に行ってもらってた。
ジムは春翔の家から電車で一駅のところにあって、駅からも歩いて5分くらいだった。
「失礼します……」
見た目、工場?みたいな外装にジムの名前がハッキリ書かれていたので迷わなかったけど、中に入ると強面な人が結構いて、格闘技やってますっていう雰囲気が漂ってて少しビビった。
「おっ!お前が春翔の幼なじみ?」
「はっ、はい!春翔の幼なじみの黄嶋春楓です!」
背は俺より少し高いくらい、だけどガタイのいい男の人が話しかけてくる。
俺は春希の親父さんに挨拶する時の勢いで答えた。
「元気あっていいなぁ。春翔、あっちで練習してるから少し離れたところから見学するといいよ」
「あっ、はい!ありがとうございます!」
その人にお礼を言うと、他の人の邪魔にならないようにしながら春翔のいる場所に向かう。
春翔は鏡に向かってフォームを確認しているのか足をめっちゃ蹴り上げてた。
その足の上がり具合もスゴいって思ってたけど、それよりも春翔の見た事のない
集中したカッコイイ表情に俺はドキッとしちまったんだ。
「春楓!」
鏡に俺が映ったのが見えたのか、春翔は
笑顔で俺に駆け寄ってくる。
さっきの表情はもうそこにはなくて、いつもの柔らかい笑顔になっていた。
「スゲーな!春翔!!あんなに足上がるなんて!」
「ううん、全然大した事ないよ」
Tシャツにハーフパンツ姿の春翔。
こうして見たら、春翔も結構筋肉ついてるんだな。
「春翔、まだ終わってねぇぞ!あと10本!!」
「はい!!」
そこに、さっきの人とは違う男の人が来る。
少し年配で白髪の人。
この人が会長さんかな。
そういえば、伯父さんが写ってる写真ってどこだ?
春翔が練習に戻ったので、俺は邪魔にならないように写真を探す事にした。
すると、窓側に沢山の写真が飾られてる場所を見つけた。
みんなチャンピオンベルトをしている写真で、その中で一番古そうな、少し色褪せている写真の中にその人はいた。
「青木翔太郎……さん……」
確かに春翔にそっくりだった。
でも、春翔よりこの人の方が日本人ってよりは外国人に見えるような気がした。
「春翔にそっくりだろう?春翔の伯父さんにあたる人なんだよ」
俺がその写真の前で立ち尽くしていると、さっきの白髪の人が俺の隣に並ぶ。
「わたしが最初に育てた男で、今こうしてジムがあるのは翔太郎のおかげなんだ」
「あの、翔太郎さんの事を春翔の親は春翔にちゃんと話してないみたいなんですけど」
俺は会長さんに聞いていた。
「…あぁ、それは翔太郎が飛行機事故で死んでしまったからだろうね」
「えっ」
「わたしも未だに信じたくないんだよ。翔太郎がアメリカからひょっこり帰って来るんじゃないかって思ってしまう時がある」
「…………」
それから会長さんは俺に伯父さんの事を話してくれた。
伯父さんと親父さんはアメリカでルームメイトになった事で知り合い、それぞれ進む道は違ったけどすごく仲が良かったらしい。ところが伯父さんはチャンピオンになってすぐ、アメリカでの防衛戦の帰りの飛行機事故で亡くなってしまった。
「最初、翔太郎はわたしと同じ便で帰る予定だったんだ。だが翔太郎はアメリカでお世話になった人に報告したいという事で違う便に変え、事故に巻き込まれてしまった。わたしが止めていたらこんな事にはならなかったと今でも思うよ」
「それは違うと思います。事故が起こるなんて誰も予想出来ない事ですから、そんな風に思わなくていいんじゃないですか?」
会長さんの辛そうな表情に、俺は黙っていられなかった。
「ありがとう。藍田くんもそう言ってくれたよ。翔太郎もそんな風に絶対思っていないって強く言ってくれた……」
藍田くん。
春翔の親父さんの名前だよな。
聞こうかどうか迷ったけど、俺は聞かない事にした。
「そんな藍田くんが息子を通わせたいって言ってきて、春翔が来た時はうちに来たばかりの時の翔太郎にそっくりで本当に驚いたよ。だが、見た目はそっくりでも春翔は翔太郎とは全然違った。春翔は少しの指導でも泣き出してしまうほど繊細で、最初の頃は正直戸惑ったよ」
「そうなんですか……」
「藍田くんたちが春翔に翔太郎の事を話さずにきてしまったのは、自分たちの中でもまだ気持ちの整理がついていないからだと思う。でも、春翔はもうそれを理解出来る年頃になっていると思うから、その気持ちも含めて話すべきではあるとわたしは思うよ。かくいうわたしも春翔に全てを話していないのだけどね」
会長さんはそう言って、翔太郎さんの写真を見つめていた。
親父さんが好きだったかもしれない人は既にもう亡くなってるっていう事を春翔が知ったらどう思うだろう。
俺はその時、春翔の為に何が出来るんだろう。
「会長、レッスン終わりました。ありがとうございました!」
そこに着替えた春翔がやって来る。
「お疲れ様、春翔」
「春翔、お前もいい友達を持ったな」
俺が言った後、会長さんが続けて春翔に言う。
「……はい、春楓は僕にとってかけがえのない存在です」
そう言って会長さんに笑顔を見せる春翔。
「春翔、わたしの知る限りの話になるが、翔太郎の事、知りたいか?」
「……はい、知りたいです……」
会長さんの言葉で、春翔の笑顔は一変し、緊張した表情に変わる。
「……分かった、ここじゃ何だから家で話そうか」
「はい……」
会長さんちはすぐ隣にあって、1階が事務所、2階が自宅らしかった。
俺たちは1階の事務所に通され、会長さんとはテーブルを挟んでソファに向かい合って座った。
会長さんの話を聞いている間、春翔はずっと震えていた。
俺は会長さんから見えないところで、その震えている春翔の手を握っていたんだ。
会長さんは俺にした話とほぼ同じ話をし終えると、最後に春翔に言った。
「わたしも、そしてお前の両親も、みんな翔太郎の事が大好きだった。わたしはお前が見た目は確かに翔太郎に似ていると思うが、お前はお前だ。お前の両親もきっと、お前自身を大事な息子だと思っていると思うよ」
「……そうですか……」
春翔が俺の手を握り返してくる。
顔を見ると、春翔は納得していなさそうに見えた。
******************
会長さんにお寿司をご馳走になって、俺んちに帰った。
「春楓、今日はありがとう。一緒にいてくれてすごく心強かったよ」
時間が遅くなったから、別々にシャワーに入ってすぐ布団に入った俺たち。
春翔はずっと浮かない顔をしていた。
「お前、まだモヤモヤしてんだろ?…強がんなよ…」
見ていて俺が苦しくなって、春翔に抱きついていた。
「ありがとう、春楓。伯父さんの事が分かって、両親が僕に話せなかったのも何となく理解出来たんだけど、僕が春楓を好きになったの、父が伯父さんを好きになったのと同じなのかなって思ってしまって。そんな自分が嫌なんだ……」
話すにつれて涙声になっていく春翔。
「馬鹿なコト言ってんじゃねぇ!じゃあ俺は?親父さんの事なんて関係ねぇだろ?俺がお前らふたりとも大事だと思ってる気持ちは俺だけのモンだし、お前が俺のコト好きなのだってお前だけの気持ちだろうが!」
俺はそんな春翔に思い切りビンタしてから言った。
「…春楓、痛いよ。でも、おかげで目が覚めた。僕、もうこの事で悩むのは止めるよ。いつか両親から話してくれるのを待つ事にする」
ビンタの跡が頬に赤くついてしまってた。
でも、春翔は気づいてなさそうだ。
涙を拭って笑ってくれた春翔を見て、俺は申し訳ない気持ちになった。
「ねぇ、春楓」
「ん?」
「春楓の初めての相手、僕じゃダメ?」
「はぁ?それは春希と勝負して決めるんじゃねぇの?」
突然出てきた言葉に動揺する俺。
春翔、やっぱマイペースだな。
「それはどっちが春楓に先に挿れるかっていう話。僕が言いたいのは、春楓が初めて挿れる相手、僕じゃダメか聞いてるんだ」
「えっ?つまり俺が春翔に挿れるってコト?」
びっくりすぎて聞き返してしまう俺。
「そう。春楓、このままじゃ僕か春希に挿れられるだけだと思うから、挿れる経験もした方がいいんじゃないかなって思って」
真顔で言ってくる春翔に、俺は言葉を失った。
「……お前、マジで言ってんの?」
「うん、本気。次に泊まりに来る時までに準備しておくからしようよ」
「わ……分かった」
春翔のねだってくる瞳にドキッとさせられ、俺は突然の誘いに乗ってしまった。
それが実現するのは、まだ少し先の事になりそうだけど。
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