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第13話
HARU、爛漫☆前奏曲『初めての恋・1』
最近、春希が急に男になってきたと思う。
背が伸びて、声が低くなって。
でも、春希的にはパニックらしくて、泣きながら春楓に助けを求めてた。
「こんなの僕じゃないよ、嫌だよ」
「んな事言ったってしゃーねぇだろ!
俺からしたらめちゃくちゃ羨ましい事でいちいち泣くな!!」
春楓は頭ひとつ大きくなった春希の頭を撫でながら肩をさすっている。
「ううっ、はるかぁ……」
学校で我慢していたって言ってピアノのレッスン前に泣き出して、僕が先にレッスンして戻ってきてもまだ泣いている春希。
「春楓、次だよ」
僕がいても気にしないで泣いてる春希。
なんだか気まずいけど、そこは割り切らなきゃって思って声をかけた。
「お、分かった。春希、終わるまでにその顔なんとかしとけよ」
「うん……」
春楓が離れると、春希はメガネを外してハンカチで涙を拭く。
「春翔、悪ぃけど春希がまた泣かないように見張ってて」
「うん、僕じゃ役不足だと思うけどね」
春楓は僕に笑顔を見せてレッスンに行ってしまう。
僕の大好きな明るい笑顔。
僕もついつい笑顔になる。
小さい頃からずっと春楓の事が好きだった。
強くて、優しくて、ピアノもサッカーも上手くて、僕にとって太陽みたいな存在なんだ。
でも、こんな気持ちでいるのはいけない事なのかな、って思いながら、春希も絶対同じ気持ちだって感じてた。
「大丈夫?春希」
「うん……ごめんね、春翔。先にレッスンしてもらっちゃって」
「気にしないで。僕はいつやっても良かったし」
「春楓にも…迷惑かけちゃった……」
思い出したのか、また泣きそうになってる春希。
また泣いたりしたら春楓は春希を慰めるのにべったりなんだろうな。
……僕だって、春楓に頭とか肩とか触って欲しいのに。
そう思うと、春希に対して怒りがこみ上げてくる。
「…春希はさ、そうやって泣いて春楓にかまってもらって最終的にどうしたいの?」
「え……っ?」
「いつまでも春楓に守ってもらうつもりでいるの?って聞いてるんだけど」
初めてこんな僕を見たからだろう、びっくりした顔で僕を見る春希。
「ぼ……僕は……強くなりたいって思って……春楓に守ってもらってばかりじゃダメだなって思って……」
声を震わせながら言う春希に、僕はますますイライラしてしまう。
「じゃあまずすぐ泣くの止めたら?春楓は優しいからいつだって受け止めてくれると思うけど、強くはなれないよね?」
「う……うん、春翔の言う通りだね……ごめんなさい……」
そう言ってる春希は目に涙を貯めながら僕に謝ってくる。
「……ねぇ、春希は春楓の事、どう思ってるの?」
「どうって……」
きょとんとした顔で僕を見る春希。
鈍いというか、ストレートに言わないと分かってないというか。
春希ってそういうところがある。
「僕は春楓が大好きなんだ。今は春楓より小さいけど、これから大きくなって強くなって春楓の事、ずっと傍にいて守りたいって思ってる」
僕と君は違う。
感情的になってた僕は、その意味を込めて強い口調で言っていた。
父さんに相談して、キックボクシングを勧めてもらって、先週からだけど始めたんだ。
絶対に春希には負けない。
そんな気持ちで胸がいっぱいになってしまってた。
「ぼ……僕だって春楓の事、大好きだよ。今日は泣いちゃったけど、春楓を守るためにお父さんにお願いして毎日お弟子さんと一緒に稽古してるし……」
僕の口調に対抗するように、春希も強い口調で返してくる。
「……じゃあどっちが春楓の恋人に相応しいか勝負だね。僕、絶対負けないから」
「ぼ、僕だって負けないよ、春翔」
春希が初めて僕を睨んできた。
その目つきの鋭さにびっくりしたけど、僕も負けじと睨み返す。
「春希、もう落ち着いた?」
そこに春楓がレッスンを終えて戻ってくる。
「うん、大丈夫だよ、春楓。心配かけてごめんね。春翔もありがとう……」
「落ち着いて良かったね、春希」
一瞬見せたあの鋭い目を、春希は春楓の前では見せなかった。
それは僕も同じで、春楓の前では笑顔を見せたんだ。
それからの春希は、すぐ泣くのを止めて寡黙になり、何事も落ち着いて周りを見て淡々と行動出来る、見た目に見合うような人になっていった。
僕も春希に少し遅れをとったけど、キックボクシングを始めてから少しずつ背が伸びて、声も低くなって、春楓の背を追い越していた。
「春翔まで俺よりデカくなっちまったのかよ、めっちゃ悔しい!」
「ん…でも、僕は春楓には敵わないよ」
「春翔、俺は心も体もデカい男になりてぇんだよ!あー、170は欲しい!!」
目線を少し落とさないと視界に入らなくなった春楓。
でも、僕にとってその太陽みたいな輝きは何ひとつ変わらなかった。
寧ろ、そのキリッとした眉には不釣り合いにも見える丸く二重瞼の大きな瞳や厚い唇がすごく魅力的に感じて、春楓への想いはますます強くなっていった。
でも、それは春希も同じだった。
3人で仲良く過ごしてはいるけど、春楓がいなくなると僕らはたちまちはライバルになった。
「こないだのテストは負けたけど、明後日からのテスト、絶対負けないから」
「……そう。僕も負けないよ」
口元だけ笑いながら話す春希。
それにムカついて、
「勝った方が次の発表会で春楓と連弾するっていう事でどうかな?」
って言って春希に勝負を挑んでいた。
「いいよ、それで」
それにも、春希は淡々と応える。
これが春希との勝負の始まりで、時間の経過と共にその内容はどんどんエスカレートしていった。
それは、僕らがそれだけ春楓への想いを募らせていたっていう事でもあったりしたんだけど、そうする事でお互いを牽制し合ってたと思う。
でも、順番はさておいてお互いに念願叶って春楓とひとつになれたから、もう牽制し合う必要がなくなってしまった。
その話をしなきゃいけないって思っていたら春希も同じ事を考えてたみたいで、ピアノのレッスンの日、春楓がいない間にその話題が出た。
「これからはさ、ふたりで今まで以上に協力して春楓を守っていこうよ」
「そうだね。明日南の事もあるから協力しないとね」
春希、また身体が大きくなった気がする。
本人は嫌らしいけど、春楓は男って感じの身体に憧れてるから春希の身体って好きだと思う。
悔しいけど、こればかりはどうしようもない。
「でも、春翔は僕の事、嫌いだよね?」
「えっ」
「嫌い…というか、春楓を独り占めしたいって思ってるでしょ…?」
春希がトーンを落として話している。
それは過去の、まだ泣いてばかりいた頃の声に近かった。
「それはそうだよ。大好きな人を独り占めできるならしたいって思うのは当然の事じゃない。だからといって春希の事、嫌いって思った事ないけど」
「そう……。僕も最初は独り占めしたいって思ってたけど、春楓の気持ちを聞いてからはそう思わなくなったんだ。僕らが結構無理矢理な事しちゃってるのに、それでも春楓は僕らとずっといる事を望んでくれてる。春楓の中で僕も君も同じくらい大切な存在だって思ってくれてるから、僕も君の事、春楓の次だけど大切な存在だって思いたいなって」
「春希……」
何だろう。
僕がすごく子供っぽいって思ってしまった。
あぁ、それは環境の違いなのかもしれない。
おじさんとおばさんにたくさん与えられて育った春希と、与えられるものが少なかった、我慢しなければならなかった僕。
だからこそ僕は本当に欲しいものを独り占めしたいって気持ちが春希より強いんだろうな。
「ありがとう、春希。そう言ってもらえてすごく嬉しいよ。僕はまだそこまで考えられてなかったけど、君が僕を大切だって思ってくれるなら僕もそうするように努力する」
「無理しなくてもいいよ。春翔が僕をどう思おうと春翔の自由だから」
「いや、このままだと春希に人として負けた気がするから嫌だ」
僕がそう言うと、春希は俯いて身体を震わせ始める。
「春希……?」
「ふふふふっ、春翔って昔からいきなり面白い事言うよね。人として負けるってどういう事……?」
久しぶりに大笑いしてる春希を見た。
けど、これってバカにしてるって事かな。
というか、昔から春希の笑うツボがよく分からない。
「お、春希が珍しく笑ってる」
そこにレッスンを終えた春楓が戻ってくる。
ちょっとだけ首元から覗くシルバーのチェーン。
春楓、制服のシャツの下に隠して指輪身につけてくれてるんだ。
嬉しいな。
「ちょっと春翔が面白い事言ってきたからつい…」
「あー、それ絶対春希しか面白くねぇやつだな」
そう言って笑顔を見せてくれる春楓。
僕にとって、最初で最後の恋の相手だって信じてるんだ。
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