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第24話
HARU、爛漫☆前奏曲『初めての恋・2』
僕の目には、物心ついた時からずっと一緒でずっと僕の事を守ってくれていた春楓の事しか見えなかった。
それが、『好き』という感情だという事は、父のお弟子さん、紅龍(こうりゅう)さんが教えてくれた。
それは春翔の想いを知る少し前の事で、僕にとって、紅龍さんは恋愛について教えてくれる先生になっていた。
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「坊、今日の夜、少し抜け出そうか。いいコト教えてやるからさ」
春翔の春楓に対する想いを面と向かって言われて、絶対に負けたくないって初めて思ってすぐの事だった。
夏休み中、父の手伝いでお弟子さんたちと寝食を共にしていた僕は紅龍さんにそう言われた。
紅龍さんは行司として修行しているお弟子さん、宮内さんと僕を歓楽街の中にあるホテルに連れてきた。
「これからお前にこれから先覚えておけば絶対損しないコトを見せるから」
「兄さん、本気なの?」
僕より歳は上だけど、身長は春楓よりも低くて女の子に間違われる事もある宮内さんが紅龍さんに不安そうに聞く。
「本気じゃなかったらお前を呼んでねぇし坊も連れ出してねぇよ。お前だって坊の為なら…って承知してくれただろ」
「そう……だけど……」
「いいから先にシャワー入って来いよ。俺もすぐ行くから」
「……うん、分かった……」
浴室はガラス張りになっていて、入っていなくても中の様子が分かるようになっていた。
僕は紅龍さんにここでふたりを見ているように言われて、先生の言う事だからと大人しく従っていた。
宮内さんの身体を背後から洗っている紅龍さん。
その体格差は歴然としていて、父よりも大きい紅龍さんの身体の中に宮内さんの小さな身体がすっぽり収まっていた。
身体を洗い終えると、ふたりは見つめ合い身体を密着させて舌を舐めあう。
「……!!」
それまで、性に関わる事に触れた事がなかった僕にとって、それは衝撃的な光景だった。
宮内さんの顔が次第に紅くなっていって、表現しがたい見た事のないような顔つきに変わって、僕はドキドキしてしまっていた。
僕が見ている事に気づいた紅龍さんはにやりと笑うと、ふらふらになっている宮内さんを連れてシャワーから出てくる。
「坊、『好き』っていうのはこういうコトが出来る相手の事なんだ」
「そう……なんだ……」
紅龍さんが宮内さんの頭を撫でながら言った。
その後、紅龍さんと宮内さんは僕の目の前で身体を重ねた。
何も知らなかった僕に、ふたりが男同士でするセックスを教えてくれたんだ。
「お前も春楓とこういうコトする関係になれたら幸せだぞ?」
そう言った紅龍さんの笑顔が本当に幸せそうで、僕はその言葉を信じた。
それから紅龍さんはどんどん番付を上げ、関取になると父の部屋を出て、僕の家の近くにあるマンションで暮らすようになった。
宮内さんが行司を辞めたのはそれからすぐの事で、それは紅龍さんを傍で支える為、一緒に暮らす為だという事を僕は宮内さん本人から聞いた。
ふたりは僕をマンションに招待してくれて、そこでまた僕はふたりの行為を何度か見せてもらった。
僕は幸せそうなふたりの姿を見て、いつか僕も春楓とこんな関係になれたらいいな、と思うようになっていた。
春翔から春楓のファーストキスをかけた勝負を持ちかけられたのはそんな時だった。
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「次のコンクールでいい成績を取れた方が春楓のファーストキスの相手になる……って……」
「そう。春希だって春楓との仲、進展させたいでしょ?」
春楓がピアノのレッスンをしている間に持ちかけてくる春翔。
「それは…そうだけど…でも、春楓に内緒でそんな事を勝手に決めるのは良くないと思うんだけど…」
「やる気がないならいいよ。僕、コンクールの後に春楓に会って告白してキスするから。だいたい君も僕も既に春楓に対して恋愛の相手として好きっていう気持ちを何年も内緒にしてきてるじゃない。僕、結婚出来なかったとしても春楓の傍にずっといたいし、そろそろ春楓に伝える時期なんじゃないかなって思ったんだよね」
迷っている僕を嘲笑うような目で見ている春翔。
このままじゃ春翔に春楓を取られてしまう。
そんな事、絶対に嫌だ。
僕はその感情のままに春翔に言った。
「分かった。その勝負、やろう。僕が絶対勝つから」
「……そうこなくちゃ」
この勝負を契機に、僕も春翔も春楓への長年胸に秘めてきた想いを解放した。
それから僕らの仲は進展して、当初僕が思い描いていたカタチとは違うものにはなったけど、今、すごく充実した日々を過ごしていると思う。
僕はそんな日々を思い出した時に紅龍さんたちにメッセージで報告していた。
ふたりは紅龍さんが大関になって何年かはその地位を守っていたけど、脚の怪我で紅龍さんが引退すると海外へ、同性同士が結婚出来る国、カナダへ引っ越していった。
「坊も卒業したらこっちに来る?飲食店で良ければ3人一緒に働けるぞ」
紅龍さんたちとオンラインで話した時、紅龍さんはそう言ってくれた。
春翔の知り合いの人から、将来幼稚園の先生をしないかと誘われてすぐの事だった。
「ひとりでは決められないので今すぐはお返事出来ません」
紅龍さんは宮内さんと向こうでちゃんこ鍋のお店をやっている。
お店はふたりで切り盛りしているけど、そこでしか食べられない味という事で有名みたいでかなり成功している様子だった。
僕らがもし紅龍さんたちのところに来たら、修行してからだけど支店を3人でやっていけばいいんじゃないか、と言ってくれた。
僕らはみんな料理は出来るし、嫌いでもないからそれはそれでいいかもしれない、と思ったけど、ふたりに聞いてみないとって思った。
まずは春翔に。
相談したい事があるから電話したいとメッセージを送ると、父親と会っていたとかで近くにいるから直接話そうよと言われ、僕は待ち合わせた公園に来ていた。
小さい頃、ピアノの帰りに3人でよく遊んだ公園。
春翔はもう来ていて、ベンチに座ってスマホを弄っていた。
「春翔」
「あ、春希。ごめんね、来てもらっちゃって。春希から連絡来るなんて珍しいから大事な話なんじゃないかと思って、それなら直接会って話をしたかったんだ」
僕が声をかけると、春翔は笑顔を見せる。
誰にでもにこにこしている春翔。
僕にはそんな事が出来ないから凄いなという気持ちと、どうしてそこまでするんだろうという疑問とがあった。
「うん、まぁ確かに大事な話ではあると思う」
僕は春翔の隣に座り、紅龍さんに言われた事を話した。
「へぇ、春希にも相談するような人がいたんだね」
「その人たちだけだけど」
くすくす笑われて、僕は少し苛立ちを覚えていた。
「でも、有難い事じゃない?同性愛ってだけでも理解されにくいのに、僕らの関係を否定しないで受け入れてくれて、応援してくれてる人たちがいる事。新庄さんも事情知っててさ、それでもああ言ってくれたんだよ」
「そう……なんだ……」
認めてくれない世界に飛び込む事より、認めてもらえる世界で生きる方が絶対にいいだろう。
まだ見ぬ先の未来の事だけど、僕はそう思った。
「さて、どうしようか。春楓の気持ち次第ではあるけど、僕らがある程度同じ方向を向いていなかったら春楓を困らせる事になりかねないよね」
「うん、そうだね」
それからふたりで話し合って、色んな可能性を考えた。
全ては春楓の望む、3人でずっと一緒に幸せに暮らす未来の為だった。
「どこにいても、何をしても、春楓を悲しませる事だけはしたくないよね」
「うん…」
春翔とはそこだけは同じだ。
春楓の為ならどんな事も厭わない。
ふたりで星空を見ながら、僕らはそんな決意を心に刻んだんだ。
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