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三つ指ついて?【2】

「二回目だけど、明けましておめでとう。どうぞ?」 「冬馬……悪ぃ。その……」 「はいはい、それは中で聞くから入って。珈琲冷めちゃうし」 「ありがとう」  中へと促すと、勝手知ったる家の中。  瑞希はリビングへと向かい、いつもの席へと腰掛ける。二人がけソファの右端が定位置だ。二人がけといっても、それを向かい合わせに置いているから真ん中に座ればいいのに、何故かいつも隅へと座る。空間が空いてるとなんとなくそこに座りたくなるんだけど、それを狙ってやっているとしたら相当なものだと思う。俺に対して好意なんてないと思うのに。 「はい。……寒かったでしょ」  温かい珈琲を差し出しながら、赤くなった指先を見つめて声をかけると、バツが悪そうに瑞希は笑った。 「あー……あのな、年末にガスと電気止められたって言ってただろ。ついに水まで止められてな。で、家でじっとしてたら凍死しそうだし、ファミレスに行く金もないし、冬馬のとこにすぐにでも押しかけようと思ったんだけど、冬馬疲れて寝てるだろうし……と思って……」  大体分かった。電車代もケチって歩いて帰ってきたけど家には帰れなくて、コンビニ点々としつつ、更に俺の家の側まで来たけど声をかけれなくて近くの公園に居たんだろうな。で、限界に近づいてきたからマンションのエントランスで土下座と。  深い溜息が出た。それに瑞希は怒ったのかとびくつくが、ただ呆れただけだ。 「さっさと来ればいいのに。ていうか、俺と一緒に帰ってくれば良かったのに。相変わらず馬鹿すぎ。風邪ひかれた方が困る。どんだけ俺が心配するか分かってる?」  くしゃりと瑞希の髪を撫でれば、小さく身を震わせた後に頷いた。俺の方が年下なのに、瑞希の方が毎度年下みたいに思えて困る。 「……知ってる。だから……色々ごめん。起こしたのも、心配かけたのも……あと、ライフライン止められてるの知って年末年始来ればって言ってくれたのに、それを断ったくせにここに来たのも……」  もう一度、瑞希の頭を撫でて俺は笑った。元からぼさぼさだった髪の毛を、更にくしゃくしゃになるまで撫でる。  だって、俺は嬉しかったんだ。最後にこうして頼ってくれたのが他の誰でもない俺で。俺に心を許して頼るくらいは好きでいてくれてるって、少しくらいは自惚れていいだろうか。 「頼ってくれてありがとう。ひとまず珈琲飲んでて。ちゃんと牛乳と砂糖入って、ぬるめの珈琲牛乳になってるから」  最近では苦い珈琲が苦手な瑞希仕様の飲み物を作るのもお手の物。言われなくても食の好みは把握している。目を輝かせてカップに口を付けた瑞希に笑いながら、俺もお腹空いたからなんか作るよ、と声をかけてキッチンへと向かう。  そんな俺の手を、凍り付いたように冷たい手が引き留めた。 「冬馬っ! アリガトウ! オレ、いっつも迷惑ばっかかけてて……」  振り返り、少し震えてた瑞希の手を俺はきゅっと両手で握りしめる。なんで泣きそうになってんのかな、この可愛らしい生き物は。  バンド関係以外のことでは抜けてて、生活能力皆無。自分の外見には無頓着で、はっきりとものを言うくせに、心を傷付けるのとか他人に迷惑をかけるのを嫌っててとても傷つきやすい人。本当に小さな幸せで喜べる人。他人のことで喜べる人。  そんなとこが好きなんだ。  別に外見で好きになったんじゃないし、俺だけが瑞希を可愛いと思ってればいいんだ。皆は、化粧して着飾ってる『シズ』を好きでいればいい。  なんだか愛しさが溢れて止まらない。あぁ、もう勢いに任せてずっと言えなかった言葉をこのまま言っても良いかな。  だってこの人のことが、好きで好きでたまらない。頼ってくれたのが嬉しくてたまらない。ありがとう、っていう一言が嬉しくてたまらない。 「だからいつも言ってるんだけど、アンタには聞こえてないのかな? 全然迷惑じゃないって。それに毎回ここに押しかけるのが迷惑だって思ってるなら、ここに住めばいい。ここを瑞希の帰る家にすればいいでしょ」  俺の体温で少し温まった手を引き寄せて、俺より少し背の低い瑞希を抱きしめた。耳元で、好きだよ、と囁いて肩口に顔を埋める。  ねぇ、瑞希はどう答える?   開き直った俺は強いよ。強いけど、瑞希の返答にはドキドキする。俺の自惚れじゃなくて、 本当に俺のことを好きだったらいいのに。 「えっ……? あ、あの……冬馬さん……? 今なんて?」  狼狽えながら俺の腕の中で呟く瑞希を、全力でからかいたくなる。だから、くつくつと笑いながらもう一度耳元で囁いてやった。 「そんなに何回も聞きたいの? 別に何回でも言うけど……好きだよ」  とっておきの甘い声で。 「っ………! それ、反則だ」 「何が? 俺ね、自分の武器だと思えるものはなんでも使うよ。アンタのためなら」  当たり前じゃないか。どうしても手に入れたいんだから。形振り構っていられない。俺の声が好きだってことも把握済み。だって、瑞希は俺の声に惚れて声かけてきたんだもんね。俺は最高の武器を最高のタイミングで使う。  あんなに頑なに一緒に住むことを拒んでいたから脈はないと思っていたのに、どうやら俺の勘違いだったみたいだ。俺の勘も恋愛ごとに関しては、桁外れに鈍かったらしい。どう見てもこの反応は脈ありだろう。 「すっごい殺し文句。………もう嘘、付けないじゃないか」 「どんな嘘?」  俺の胸に手をついて下を向いた瑞希が、もごもごと告げる言葉に俺の口角が上がる。 「………冬馬とは一緒に住めない。冬馬のことは好きじゃな……」  最後まで言わせないように、その唇を指先で止めた。ハッとしたように顔を上げた瑞希と目があった。 「やっぱりそれ、嘘でも聞きたくない」 「オレも……言いたくない。でも……」  戸惑うような視線を彷徨わせる瑞希と、俺は無理に視線を合わせて笑った。最初から赤かった瑞希の顔が、さらに熟れたりんごのようになった。瑞希の退路を断つように言葉を重ねる。 「あのね、俺と一緒だとお得だと思うよ。ライフライン止まること無いし、手作りの飯は出てくるし」  俺はアンタが好きだし、とトドメの言葉を投げてやると、観念したように瑞希は俺の肩に額を当てた。 「やっぱり冬馬はズルイ。反論できる言葉がない。オレ、けっこう必死だったのに。冬馬っていつも俺のこと甘やかすから、頼っちゃいけないって。オレの方が年上なんだからちゃんと自分でできるようになろうって。でもこの生活能力の無さは自分じゃどうしようもなくて、結局毎回冬馬に頼ることになって自己嫌悪」 「じゃあ、鍵を渡すって言ったのに断ったのって……」 「……毎日来ちゃいそうだったから」  拗ねた口調で言うその姿に笑いがこみ上げてくる。そして、よくその時のことを思い出してみれば、俺が渡そうとした鍵をじっと真剣に見つめて手を出そうか出すまいかを考えていたようだった。 「鍵、欲しかったの?」 「言うな。オレの必死だった気持ちを考えろ」 「じゃあ、もう言わない。そのかわり、本心を聞かせて。ここで、一緒に住んでくれる?」  部屋も余ってるからパーソナルスペースも確保できるし、と付け加えておく。バンドをやっている以上、お互い曲作りの際は、いくら好きでもパーソナルスペースという名の作業スペースは必要だろう。 「別にパーソナルスペースなんて考えてなかったけど……冬馬と一緒に住みたい。オレも冬馬のことが好きだ」 「よくできました」  啄むようなキスをしてから瑞希の頭を撫で、オレはキッチンへと向かう。すると、放置されたと思ったのか、慌てて瑞希がキッチンまでついてきた。背後でギャンギャンと騒ぎたてる瑞希に笑うしかない。背を向けているから笑っている顔は見えないだろう。 「おい、冬馬っ!」 「はいはい、あっちで大人しく珈琲牛乳飲んで、アンタは体を温めてて。俺まで凍えちゃうでしょ。あ、そうだ。珈琲牛乳飲んだら、ご飯できるまで風呂入ってきたらいいよ。すぐ入れるからどうぞ。後でタオルと着替え持って行くから」 「……っ! 風呂!?」 「そう。だってライブ終わってからそのままでしょ? いくら軽く汗拭いたからってあのまま歩いてきたら体冷えまくってるし、さっさと暖めてきたほうがいい。せっかく両思いになれたのに、アンタが体調崩して看病で休みが終わりました、なんて淋しいのは嫌だからね」 「う、うるさいっ! ……分かった、風呂行ってくる」  耳まで真っ赤なのはその後のことを考えてなのかどうなのか。でもまぁ、それはもう少し先の話。  本当は軽いキスだけで終わらせるつもりは無かったけれど、本当に瑞希が風邪ひいたら困るし、お腹を空かせてるのも可哀想だし。  実はさっき抱きしめた時、瑞希の腹の音が聞こえてしまった。聞こえないフリはしておいたけれど。  自覚はあったけれど、やっぱり俺はどこまでも瑞希に甘いようだ。  これも惚れた弱みだし、俺はそんな自分に満足してる。  これからの日々が楽しみでたまらない。  正月早々の土下座も何事かと思ったけれど、三つ指突いて嫁いできたみたいだと思ったら嬉しくなった。  俺は鼻歌を歌いながら、主に瑞希の為に昼食の用意を始めたのだった。

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