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2回目のお正月(瑞希視点)

 今年も一年が終わる。  去年と同じでオレはその瞬間、ステージ上でメンバー全員とカウントダウンをしていた。毎年恒例になりつつあるカウントダウンライブ。ファンの子たちと共に過ごす大切な瞬間。 「3・2・1ぃ……Happy New Year!」  その瞬間、キラキラとしたテープが軽い爆発音と共に観客に向かって飛んでいく。  オレはそれを目で追いながらスネアの縁でリズムを取って、今年一曲目の音を奏でる。そこに次々とメンバーの音が重なって、最後に耳に心地よい大好きな声がオレの音に重なった。  ぴったりと音が重なり合う感覚。それは何度経験しても心地いい。  ホールに集まる皆に向けて、笑顔と新年の挨拶を添えて冬馬はステージの上を所狭しと動き回る。すでに2時間くらい歌っていて、今もあれだけ動き回っているのにまったく声はぶれない。  本当にすごい奴。  感嘆の溜息を漏らし、苦笑にも似た笑顔を浮かべてそんな冬馬の後ろ姿を見つめていたら、ちらりと冬馬が振り返った。そして不意打ちの投げキッス。  動揺してスティックを滑らせそうになるのを必死でこらえ、満面の笑みを冬馬に返した。絶対に冬馬には動揺したのがばれてると確信してるけど、観客には気付かれてないと思う。観客が鈍いんじゃなくて、なんていうか冬馬がおかしいんだ。惚気じゃないけどオレの本当に小さな変化にもよく気がつくから。  そんなオレの渾身の一撃ともいえる笑顔を見て、くすり、と笑った冬馬は再び観客に向き直ると煽り始める。  あとはそれに乗った観客がオレたちに挑むように声を張り上げ、拳を突き上げ、観客とオレたちが一つになる感じ。  あぁ気持ちいいなあ、とオレの口角が上がる。  メンバーを見ても全員オレと同じ気持ちなのか、すっごく楽しそうだ。  そう。この瞬間がオレは好きだ。楽しくて楽しくてどこまでもいける感じ。  ライブで年明けを迎えた今年も、またライブで締めくくり年越しをライブで迎えることができればいいと思う。  もちろんそんな楽しい時間にも終わりはくる。  それは必ず訪れて、楽しい時間が終わりを迎えるのなんてあっという間。去年と同様楽しく過ぎた年越しライブは、呆気ないほど早く終わりを告げた。  でも今年は去年と違うところが一つだけある。  片付けをして、メンバーとマネージャーと共に初詣に向かって、今年もこのメンバー全員でバンドが続けられるようにと祈った。ここまでは去年と同じ。  違うのはその後だ。  初詣を終え解散したんだけれど、オレの手は冬馬と繋がれたまま。 「えー……っと、冬馬さん、冬馬さん。ちょっと手を離してはくれないかね」  冬馬の温もりを感じられるのは嬉しいんだけど、ちょーっと恥ずかしい。思わず口調がおかしくなったのはご愛敬。 「却下。どうせ同じ所に一緒に帰るんだし、去年みたく逃げ出されて風邪ひかれるとか笑えない」 「いや、逃げないし。去年だってなんとか風邪引かないで三が日過ごしたし。それにオレ、あの日からちゃんと鍵持ってるし」  オレはバッグに入っている鍵を抜き出して、隣の冬馬に見せる。オレがようやく手に入れた宝物。 「当たり前。それ無くしたら俺と一緒の時以外は、一生部屋から出るの禁止だから」  ニィ、と人の悪い笑みを浮かべた冬馬は、化粧を落として黒くてボサボサの髪に戻った冴えないオレの頭をグシャグシャとかき回す。  必死に逃げようと頑張るオレだけど、しつこく追いかけてくる冬馬の手から逃げられない。 「オレ、犬とかネコじゃないんだけど!」 「知ってるよ。でも愛でて甘やかして構い倒したくなるのは一緒」 「……ダメ飼い主の見本じゃん、それ」 「いいんだよ、俺の大事な瑞希は、ダメ飼い主に甘やかされても図に乗らない良い子だから」  からかうような口調で冬馬は言うと、オレの唇にバードキス。  いくら今居る場所が死角になっているからって無謀すぎる。 「ちょっ……!」 「怒らない、怒らない。本当はもっと深いのしたいところを我慢したんだから。ほら帰るよ」  その前に、とゴムで長めの前髪を後ろへと結ばれる。 「……へっ?」  ただ帰るためだけなのに何でこんなことを、と思っていると額にもキスが降りてきた。 「帰る途中でキスしたくなった時に、髪と手だけじゃつまらない」  オレの疑問は冬馬のそんな超我が儘極まりない言葉で解決したけど、それを実行に移すとなれば話が別だ。 「は? 冬馬、ここ外。自分で何言ってるか分かってる?」 「はいはい、誰もアンタがあのシズだって気付かないから大丈夫」 「うっ。それはそうだけど、冬馬はフユってすぐばれる」  どうせ普段の容姿はぱっとしないですよー、といつもならスルーするところでへこんでいると今度は髪にキスがくる。空いている方の手でそこを押さえると、くつくつと笑いながら冬馬が耳元で囁いた。 「俺は気配を消すのがうまいから平気。それと珍しくショック受けてるみたいだから言うけど、俺ね、アンタのそのまんまの姿っていうかシズも含めてアンタの存在自体が好き。瑞希の本当の姿なんて、俺だけが知ってればいいと思ってる」  甘く耳元で囁かれる言葉に寒さを感じていた体が火照り出す。きっと顔なんて真っ赤だと思う。  さっき上に上げられた前髪が憎い。それがあれば少しは隠せるかもしれないのにと悪あがきをするオレに、冬馬は優しい笑顔を向ける。  あぁ、本当にオレはこの笑顔が好きだ。もちろん笑顔だけじゃなく声も、少し意地悪な時もあるけどオレを甘やかすところも全部含めて、冬馬という存在にどうしようもないくらいに惚れている。 「冬馬は狡いなあ……オレが冬馬の声好きだって知っててやるから」  苦笑しながら冬馬を見上げたら、当然だ、と胸を張られた。 「前にも、俺は瑞希の為なら自分の武器だと思えるものはなんでも使う、って言った」 「えぇ、承知してますよー。オレ、毎回敗北者ー」  繋いだたままの手も一緒に両手を挙げて降参のポーズをしたら、冬馬は盛大に吹き出したまま繋いだ手を引いて歩き出す。  静かに降り出した雪の中を、オレたちは一歩ずつ歩いて行く。  ちょうど一年前に一人で歩いた道を今は二人で。

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