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ストーカーですか?【2】(過去話)

 目的の人物は三人ということで、ついつい歩きながら目に付く三人組を目で追ってしまう。しかし、目を向けた先にいる奴らはおよそ不良という括りに嵌らない人物たちばかりだった。  そう簡単には見つからないか、と苦笑する。  まあ、簡単に見つかるようでは俺の楽しみも半減してしまうから、これはこれで良いのかもしれない。  夜の散歩を楽しむように闊歩していると、方々で、口では不況で金がないといいつつも、べろんべろんになるまで酔う程に金を使いまくった中年の男性たちが見える。ふらついている人々を器用に避けながら、俺はそのままポプラ並木を歩いていった。  今日は収穫なしかもしれない。  そろそろ帰ろうかと思っていた矢先のことだった。  路上で音楽を奏でる三人組を見た。しかし、三人組ということで俺の目に止まった訳ではなかった。  ただ、聞こえてきたメロディに惹かれ足を止めて、どんな奴らが弾いているんだろうという軽い好奇心から目を向けただけだった。  そこにいたのは冴えない風貌の三人で、ギターとベース、そしてドラムというなんとも奇妙な組み合わせだった。  もちろん、奇妙と言うほどおかしくはないが、多いのはギター片手に歌うソロかデュオだ。  ボーカルが聞こえなかった為、目を向けるまではただボーカル部分がない小節なのかと思ったが、よくよく見ればその三人組の中にボーカルは居ないようだった。  楽器の音だけで奏でられる曲の中にメロディラインを見つけ、俺は無意識に音を取ってしまう。特にピアノを習っていたとかソルフェージュを習っていた訳ではない。ただ、幼い頃から音を取るのは得意だった。たまにぼうっとしていると人の声も音に聞こえてしまったりもするくらいだ。  そんな俺はリズムと音を取りつつ三人を観察するが、何度見てもチームを壊滅させることが出来るような人物たちには見えなかった。それに自分たちも捜索されていることに気付いているだろうし、そんな人物たちがわざわざ大っぴらに顔を出してこんなところで目立つ行為をしているはずがない。  小さく笑い、オレは流れ続ける音楽を聴きながら背を向ける。  また聞けたらいいな。  そんなことを思いつつ、俺は頭に残ってしまったメロディを口ずさみつつ帰宅したのだった。  俺はその日、何の収穫もなく家路についた。久々に夜の街を歩き回ったせいで疲れた俺は、遅刻すれすれまで寝てしまい、通学途中にようやく日課である情報収集を開始する。  その中で目にとまったのは、俺が昨日探し求めていた三人組が現れたという目撃情報だった。  軽快に動かしていた指を止め、その目撃情報を三度も読み返した。  俺がフラフラしていた時間帯には現れなかったのに、現れたのはその後で、三人は族潰しをしたわけでもなくただ捜しているものがあったようだという内容に首を傾げる。それは普段の三人組の行動からは考えられないことだからだ。今までその三人が族潰し以外のことで街に現れたという話は聞かない。昨日のそれがイレギュラーなことのだ。 「なんだよ、それ……探し回ってた俺の時間返しやがれ」  小さく呟いて俺は溜息を吐き出す。  タイミングが悪かったのだ、と諦めるには少々悔しく胸がもやもやとした。  その日一日、俺はイラついた気持ちを抑えつつ授業を受け、隣に座っていた友人からの戸惑いの視線を何度も受けるはめになった。 「なあ、なんかあったわけ?」 「……別に」  さすがに昼までその調子が続くと友人も黙ってはいられなかったようで、不機嫌な俺に声をかけてきた。そっけなく返すと眉間のあたりをぐりぐりと指の腹で押される。 「嘘つけ。お前なあ、朝からずーっとここに皺よってんだよ」  お前が機嫌悪いのなんて付き合いの浅いオレでもわかるわ、と呆れたように呟かれた。  こいつは大学に入ってからの友人で、気さくな性格をしていて人当たりもよい。名前を折原志紀(おりはら しき)という。見た目は優等生タイプのように見えるが、実はかなりの愉快犯だ。そういったことには鼻が利くようで、学内の面白そうな話を聞きつけては俺にも情報として教えてくれる。 「で、普段顔に出さないお前がそんなになってるってことは相当面白くなかったんだろうけど、何があったんだ?」  そう尋ねられるが、俺の裏の顔を知らない奴に言っても仕方ないし、俺は曖昧に誤魔化す。しかしそこで折れないのが志紀だった。普段はちょうど良い距離感を保っているくせに、少しでも危険な香りを嗅ぎつけると一歩も引かなくなる。だが、俺も折れるつもりはない。そもそも裏の顔を大学の友人に知られるなんて、危険極まりない。 「簡単に言えば痴情のもつれ。朝からフラれたの、俺」 「っはぁああああ? お前が? まっさかあ!」  のらりくらりとかわしても埒があかないため、手っ取り早く一番志紀が食いつきそうなネタですべての疑問を有耶無耶にする作戦に出た。案の定、面白いぐらいに食いついてくる。 「ほんと、ほんと」 「つうか、お前が誰かと付き合ってたって初めて聞いたし。大学の奴?」 「んー、いや年上。社会人。俺ってば遊びだったみたいでさー」 「お前らしくねー」  志紀の野郎、机をバンバン叩きながら大爆笑しやがって。いくら話をそらすための嘘だとはいえこれだけ笑われると腹が立つ。後で覚えてろ。  復讐を心の中で誓いながら、俺は深いため息を吐いて机に突っ伏した。もちろん、傷心をアピールするための演技だ。 「そんな気はしてたんだよなー。二股かけられて捨てられるなんてダサすぎ」 「いやいや、お前格好いいんだしそう落ち込むなって。よし、今日は俺が昼を奢ってやろう」 「あれだけ人のこと笑いまくりゃ当たり前だ、馬鹿野郎」  むすっとした表情で志紀を睨めば苦笑を返される。 「悪い、悪い」  俺はなだめる志紀に促され、食堂へと向かうのだった。

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