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第23話 訪問者

“ピンポーン” 玄関のインターホンの音がした。 「は~い、早かったね~」 そう言ってモニターを覗き込むと、 「先輩〜 僕だよ! 夕飯作りに来たから開けて!」 と、ドアの所に立っていたのは、 大きなバッグを抱えた陽一くんだった。 「どうしたの? 陽一君、最近ここに入り浸っていて 要君は何て言ってるの?  大丈夫なの?」 「大丈夫だよ! ほら、これ見て! かなちゃんが持たせてくれたんだよ!」 そう言って陽一君がバッグの中を見せてくれた。 「凄いお野菜だね。 これどうしたの?」 「お父さんがお客様から一杯頂いたからって、 先輩にお裾分けするよう、 かなちゃんが持たせてくれた」 「それは凄いね。 一杯もらったんだね〜」 「うん、お客様のお家で取れたばかりの新鮮なお野菜だから、 早く使ったほうが良いって。 だから今日先輩に天ぷら作ろうと思って。 先輩ご飯の準備まだでしょう?」 「あ…… いや、今日は…… ちょっと人が訪ねてくるから……」 まさか急にやって来るとは…… 思わず目が泳いでしまった。 陽一君の所にお泊まりをした日から、 陽一君の力説の通り、 僕は番探しを再開した。 再開したと言うか、 もう一度意識して、 色んな人とお付き合いをしてみようと思った。 下手な鉄砲でも数うちゃ当たるじゃ無いけど、 特定の人を定めずに、 ラフに複数と付き合っていったら、 何か分かるかも思った。 もしかしたら僕が見落として居る大切なシグナルが有るかも知れない。 今日やって来るのは、 取引先で出会ったΩの女性だ。 彼女の事はもう数年来の顔見知りで、 意識した事はなかったけど、 つい最近偶然に、オークションで顔を合わせてしまい、 まえからそうかな?とは思っていたけど、Ωの女性だとわかり、 また思いの外、息があって、 それから何度か食事を一緒にしたり、バーへ行ったりとした。 今日は彼女が何度か奢って貰った夕飯のお礼に、 是非手料理を振る舞いたいと言う事で、 僕の家に招待するに至ったと言うわけだ。 そこにタイミング悪く陽一君がやって来た。 勿論陽一君はまだ僕が色んな人と付き合いだした事を知らない。 僕が気まずそうにして居ると、 陽一君は残念そうに僕をみあげ、 「そうなんだ…… タイミング悪かったね。 じゃあ、お野菜はここに置いとくから、 明日作りに来ても良い?」 と訪ねた。 陽一君のガッカリする顔を見た途端、 凄い罪悪感に見舞われた。   僕のやってることが間違って居るような気持ちさえして来る。 それに明日は別のΩの男性とバーへ行くことにしている。 凄く言いにくかったけど、 思い切って 「明日もちょっと都合が悪いんだ…… 金曜日の夜はどう? 陽一君の為に開けておくから!」 祈るように大丈だと言って!と思いながらそう言うと、 「約束だよ!」 とニコリと微笑んだ。 その笑顔を見た時、 ホッとしたのと同時に胸がチクリとした。 ヤッパリ最近僕は変だ。 陽一君が絡むと僕の感情は少し変になる。 でも陽一君は本当の息子のような、 弟のような大切な存在だからきっと 僕のそんな部分が顔をのぞかせて居るのだと 思っていた。 「じゃあ先輩、僕帰るね」 そう言いながらも、 陽一君は未練たらしくドアの所でモゴモゴとしていた。 そう言う時に限ってトラブルがやって来る。 いや、トラブルでは無く、僕の気持ち次第だろうけど、 どうしても陽一君の恋愛と僕の恋愛を切り離して考えられない。 その為に僕の恋愛が陽一君の存在に絡むと たちまちトラブルになってしまうのだろう。 ドアの所でモソモソとして居る陽一君とは裏腹に、 今日約束をしていた詩織さんはやって来た。 “ピンポーン” インターホンが鳴ると陽一君は、 「じゃあ僕本当に行かなくちゃ!」 そう言って開けたドアの前に、 詩織さんが買い物袋を下げてたっていたのを、 陽一君は思いっきり目の当たりにした。 「あら、弟……さん? こんにちわ、初めまして。 原田詩織と言います。 お兄さんとは仕事仲間なの」 そう詩織さんが挨拶をすると、 陽一君は 「僕、弟じゃありません…… じゃあ、矢野先輩、僕帰ります」 そう言って一目散に駆け出して行った。 ドアがバタンと音を立てて閉まると、 沙織さんは陽一君が持って来た袋に気付いた。 「あら? 彼はこれを持って来てくれたのかしら? 凄いお野菜ね。 緑の良い香り。 採れたてなんでしょうね」 「ああ、そうみたいだね……」 僕は陽一君が去った時の表情が気になっていた。 「ねえ、彼は何故矢野さんの事を “矢野先輩”って呼んだの?」 「彼は僕の後輩の息子なんだ。 僕の後輩が僕の事を矢野先輩って呼ぶから、 彼もそのまま僕の事、矢野先輩って呼ぶようになって……」 「あら、小さなお友達が居たのね」 「まあ、彼は5歳の時から知ってるからね」 「ねえ、それよりもこのお野菜使っても良いのかしら?」 そう彼女が尋ねた時、 この野菜は彼女に触って欲しくなかった。 「いや、これは使わないで! あ…… ちょっと使う予定があるから……」 僕は自分がそんな感情を持って彼女に声を荒げたことにびっくりした。 彼女も少しびっくりした様に見ていたけど、 クスッと笑って、 「分かったわ。 じゃあ、私が持って来た材料で今日はすき焼きを作るわね」 と返した。 怒ってはいなさそうだ。 「あの……」 彼女が尋ねた。 「え?」 「上がってもいいかしら?」 そう言われて初めて僕達は未だ玄関先に立っていることに気付いた。 それくらい僕は陽一君の表情が気になっていた。 「ああ。ごめん、勿論だよ。 さあ、上がって。 キッチンはこっちだよ、って言っても上がって直ぐだけど」 そう言って彼女にスリッパをだした。 「お邪魔します」 そう言って彼女は丁寧に脱いだ靴をそろえた。 その光景がしっくりとしていて、 女性が居るってこんな感じなのかとボーっと思っていると、 「ねえ、キッチン、勝手に使ってもいいかしら?」 と彼女が尋ねたので、 「大丈夫だよ。 必要な物は多分全部あるから好きに使って。 何かお手伝いすることある?」 そう言うと、 「矢野さんは座っていて。 今日は私のお礼の日なんだから!」 そう言って彼女は微笑んだ。 とてもおしとやかで、 気の利いた女性だ。 僕は余り女性のΩと深く付き合ったことがない。 「じゃあ、僕は陽一君…… あ、さっき来てた子の名前ね、 のお母さんにお野菜のお礼の電話を入れて来るから」 そう言って寝室へと言った。 「あ、要君? さっき陽一君がお野菜いっぱい持ってきてくれたんだけど、 あんなに一杯、良いの? ありがとうね」 「先輩がもらってくれて助かりますよ! 佐々木先輩が一杯貰って来たから、 どうしようって思ってたんだ。 僕の両親の所にも同じように分けちゃったよ!」 「そうだったんだね。 有難く使わせてもらうよ」 「どうぞ、どうぞ。 それよりも先輩?」 「何?」 「さっき陽ちゃんが泣きそうな顔して帰って来たんだけど 何かあったの?」 「え? 泣きそうな顔してたの?」 「うん、陽ちゃんは何でもないって言ってたけど、 僕、陽ちゃんの母親だよ。 息子の変化位直ぐに分かっちゃうよ」 「何だろう……? 今日天ぷら作ってくれるって張り切ってたけど、 僕の友達が料理を作りに来てくれたせいでおじゃんになったからかな?」 「あ~ そう言う事だったんですね。 それって、本当に友達?」 「何言ってるんだよ! 当たり前だよ!」 「ハハハ、だったら良いんですけど、 恋人見つかったら、ちゃんと教えてくださいね」 「まあ、出来ればね。 じゃあ、僕もう行かなくちゃだけど、 お野菜、本当にありがとうね」 そう言いて僕達は会話を終えた。 僕がキッチンに戻ると、 「さっきの陽一君はΩなのね」 と沙織さんが急に話し掛けて来た。 「分るの?」 「そうねえ、αとΩって何となくわかるかな?」 「へ~ そう言う物なんだね。 でもそうかも。 僕もΩの人って分かるかも……」 「でしょう? でも陽一君って貴方の事凄く好きって感じ。 あ…… 恋愛の意味でね」 彼女がそう言ったのでびっくりした。 「え? 彼、13歳で親友の息子だよ。 それに小さい時から知ってるし、 僕、幼稚園の送り迎えだってしたことあるんだよ? お風呂だって一緒に入ったことあるし……」 そう言うと、 「何言ってるのよ! 恋をするのに年は関係ないわよ。 それに誰の息子って言うのもね。 間違いないわ、 あの子、あなたに恋してるわよ」 と彼女が発言したので、 僕は更にびっくりした。

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