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「(起きないな……)」  そこそこ築年数の経ったアパートの、1LDKの簡素な一室。ほとんどシャワーを浴びて眠るためだけに帰ってきているような俺の家。毎朝畳んで部屋の隅に寄せるくらいしか出来ていない薄っぺらな布団を敷いた、その上に寝かせている少年を見遣る。  俺は今、電気ポットのプラグをコンセントに挿し、お湯を沸かしている。腹が減ったと言っていた彼が目を覚ましたら、何か食わせてやろうと思ってのことだ。尤も、生活が不規則すぎる俺の家に、ろくな食べ物は無く、すぐに口に出来そうなものはカップラーメンくらいである。お湯を沸かしているのはそのためだ。  だがしかし、ローテーブルに置かれ、調理されるのを待つこのカップラーメンは、ただのカップラーメンではない。月に一度の贅沢として給料日に買い、次の給料日の前日に食す、というサイクルの中にある特別な一品なのだ。ちなみに一個税込五四〇円。まだ入社三年目の身分であり、それほど潤沢な給料を戴いている訳でもない俺にとっては高級品だ。一食にかける金額としては大きい。今は同じくらいの金額で、温かく栄養バランスも考えられたテイクアウトの弁当がいくらでもあるけれど、こういう食べ物特有の妙な美味さと中毒性には、それらとは違った価値がある。  ……と、俺がカップラーメンに思いを馳せている間に、電気ポットはふつふつと音を立てながら蒸気口から湯気を立ち上らせていた。もうすぐお湯が沸くだろう。  カップラーメンの蓋を捲り、中のかやくの小袋などを取り出して調理の準備をしていると、背後で寝ていた少年が身じろぐ気配があった。振り向くと、まだ寝ぼけているのだろうか、ぼんやりと焦点の合っていない目をした彼が、半身を起こした姿勢で俺の方を見ていた。 「起きたか? 覚えてるかわかんねえけど……お前、腹減ったって言って倒れたんだぞ」 「…………」  少年は返事ひとつすることなく、ふらり、と立ち上がると、こちらに向かって足を進めてくる。デジャヴだ。  身構える俺をよそに、そのまま目の前まで来て歩みを止めた少年が、ぺたりとその場に座り込む。 「……おいし、そう」 「あ、ああ……今から作るところだから、もう少し待っ――」  俺の言葉は、そこで一度途切れた。少年が俺の上に乗り上げてきたからだ。華奢な見た目の割に意外と力は強く、押された勢いで俺は尻餅をついたかのような不格好な姿勢で固まっていた。今は掠れ気味だけれど、本当はもっと美しいのだろうと思わせるトーンで呟かれたのは、カップラーメンを見ての言葉では、なく? 「……お、おい……」  まるでガラス玉みたいに無機質に、俺の姿を映す少年の瞳。先程外で見た時は月のようだと思った神秘的な色合いのそれが、今は少し恐ろしく思える。  何を考えているのか全く読めない表情のまま、少年はゆっくりと俺のズボンに手を伸ばしてきた。いや、そんな、まさか……な?  残念ながら俺の嫌な予感は的中して、彼の細い指はベルトのバックルにかかり、カチャカチャという金属音と共にズボンの前が寛げられていく。ここまでされれば、さすがに何をされようとしているのかは嫌でもわかるが、何故そんなことをしようとするのか、についてはどう足掻いてもわかりそうにない。  そうして考え込んでいるうちに、少年の指が下着の内側に入り込みそうになり、俺は大慌てで抵抗する。この後起こり得る、あまり想像したくもないことを、何としても回避するために。 「おいこら! お前っ、何のつもりだ! やめ……離れろ!」  俺は少年の両肩を押して――華奢すぎて一瞬気が引けたが――自身から引き剥がそうとした。だが、この細い体のどこにそんな力があるのかわからないが、彼の体はびくともしなかった。抵抗をものともしない少年により、ついに下着を下ろされ、俺のモノがくすんだ蛍光灯の明かりの下に晒される。 「……いただき、ます」  脚を押さえられ息を呑む俺を前に、虚ろな目でそう呟き、少年は萎えている俺のモノを小さな口の中に――含んだ。 「うわ、っ!?」  下腹部を這う濡れた感触に、思わず悲鳴染みた声を上げる。驚くほどに熱い舌が、まるで飴でも舐めるかのように咥内のモノを愛撫する。  ――俺は、こういった行為が嫌いだ。だから、自慰も正直あまりしない。けれど今はそれが仇となった。  口淫を受けた経験がそれほど多くある訳ではないが、少年の舌使いが巧みであることはよくわかる。ともすればあっという間に達してしまいそうなくらい、彼のそれは気持ちが良かった。思わず息が漏れるのを抑えられない。 「……ん、くっ……!」  いよいよヤバくなってきた俺は、懸命に俺のモノに舌を這わせ続ける少年の肩を押し、引き剥がそうと奮闘した。 「おい……! ほんと、シャレになんないから離してくれ……!」 「……ん、ふっ……このまま、ください……っ」  一瞬だけ口を離した少年の濡れた唇の隙間から、掠れた懇願が零れ落ちる。「……おねがい」という甘えたような声が耳に届いた次の刹那には、俺は彼の咥内に熱を吐き出していた。  腰の奥が熱く溶けそうなほどの快感を感じ、荒くなる呼吸をなんとか落ち着かせながら、少年の方を見る。彼は、俺の吐き出した精液を、まるで甘く濃厚な蜂蜜でも口にするかのような満足げな表情で、飲み下していた。咥内から溢れ、唇や顎を汚したものまで指先で掬い、余すところなくそれを口に含み喉を通す。そして、少年は眠りに落ちる寸前の子供のようにとろんとした瞳で、一言「ごちそうさま、でした」と呟くと、そのまま糸が切れたように倒れ、寝息を立て始めた。 「…………なんだよ、これ」  いっそ、禁欲的な生活の果てに見た淫夢だったならどんなに良かったか。けれど、俺の濡れた下腹部が空気に晒されたことにより与えられるひやりとした感覚は、残念ながら紛れもなく現実だった。  今更調理する気にもなれない蓋の開いたカップラーメンと、保温状態のまま放置されていた電気ポットの唸りが、俺のやるせなさを助長した。

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