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「……あの」
「……っ、なに」
「お名前……教えて、くれませんか……？」
四つ這いになり、俺のモノに舌を這わせながら、乱れた息の合間に少年が言う。
昨夜と全く同じ行為。でも、昨日とは違ってお互いに一応の合意があり、ちゃんと布団の上に居る。それがどれほどの影響を与えるのかは定かではないが、快楽の感じ方に多少の違いがあるような気がする。
「……遼太郎 。十倉遼太郎、だけど」
「……りょうたろう、さん」
蕩けた瞳で、少年がとても嬉しそうに微笑む。こんな、この世で最も愛おしい者の名を呼ぶみたいに、自分の名前を呼ばれるのは初めてだった。鼓膜を震わせる甘い響きが、胸の奥をざわつかせる。
「……は、ん……んむっ……」
ただ性急に俺をイカせるための行為だった昨日とは異なり、今日は俺に愛撫を施している少年もまた、この行為で快楽を得ているようだった。白くなめらかな肌の中で頬が桃色に染まっているのは、いたく官能的に見える。
潤んだ瞳。うっとりとした表情で俺を見つめ、より感じる所を探るように、丹念にモノを舐めている少年。
「……きもちいい、ですか……？」
素直に口に出してその問いを肯定することは難しかったから、俺は控えめに首を縦に振るにとどめた。それでも少年は満足そうに目を細め、口淫を再開する。
先端からくびれの部分、裏筋を辿って、根元の方まで舌を這わせたかと思えば、竿全体を小さな口の中に収め、傘を喉の奥で締めて刺激を与える。その際に僅かに漏れる、少し苦しげな息。
健気で懸命な彼の愛撫からは、ただ俺のことだけを想っている、というような空気感――自惚れだと言われればそれまでだが――を感じて、こそばゆい。
「……っ、そろそろ、やばい……」
「は、い……！ ぼく、は、いつでも、大丈夫、ですから……」
俺がいつ吐き出してもいいようにか、少年は膨らんだ傘部分をしっかりと銜え込む。舌先で先端をちろちろと擽られる感触が決め手となり、俺は彼の咥内に欲を放った。昨日も思っていたことだが、この瞬間に襲い来る、快楽に混じる罪悪感めいたものには、なかなか慣れそうにない。
こくこく、と小さく喉を鳴らしながら、少年が咥内の精液を飲み込んでいく。ややあって、すべて飲み終えた少年が俺のモノから口を離した。色づいた唇が、白く糸を引きながら離れていく光景の、背徳的なことといったら。
「……ふ、はあ……」
満たされたような溜め息を漏らす少年の、淡い桃色に染まった目元から頬にかけてを、俺は無意識のうちに伸ばした指で撫でていた。自分とどこが違うのかも判然としない、ヒトの肌の感触と、確かに存在する体温。人間ではないことを忘れてしまいそうなほど彼は機械らしくないのに、無遠慮にこちらを侵蝕してくるような肉欲の不快さを、この少年からは感じない。
「（不思議だな……）」
「あ、の……遼太郎、さん？」
「！ あ、ああ、悪い……いきなり触ったりして……」
「いいえ。あなたに触れていただくのは……心地良いです」
そう言って、俺の手に自身のそれを重ね、少年は柔らかな笑みを浮かべる。なんだか、とても恥ずかしい空気になっている気がして耐えられなかった俺は、出来るだけ平静を装いながら彼から手を離した。
甘く蕩けるような声音で何度も呼ばれた自分の名前。胸の奥の繊細な部分を擽るような響きが、耳から離れない。流されつつあるこの状況への、焦りとも不安ともつかない気持ちを抱えながら、俺はこんな時に彼を呼ぶための言葉さえ、知らないのだと気がついた。
昨日調理し損なったために、ラップを掛けて保管していたカップラーメンを、俺はようやく胃に収めることが出来た。うん、やはり美味い。
せっかく補充したエネルギーを無駄遣いしないようにか、部屋の隅に敷かれた布団の上で膝を抱え大人しく座っている少年を横目に、俺は今後のことを考えていた。
望まれたとおり精液を与えたのだから、さあ出て行けと、既に暗くなった街へ彼を放り出すことも出来ず。かと言って、このままでは永遠に事が解決しない。時間が経てば経つほど、少年を追い出すことは難しくなるだろう。捨て猫に情が移るようなものだ。
「……まずいよなあ」
「……おいしくないんですか？ それ」
「違えよ。このカップ麺は最高に美味い」
俺の内心など何ひとつわからないのだろう、無邪気な問い掛け。明日には警察に連れて行こうか思案されているなんて、微塵も想定していなさそうな顔だ。だから余計に、本当にこれでいいのか、という迷いが出る。俺に出来ることなんて、なんにもないのに。
「なあ、お前さ……名前、なんていうの」
自分の中だけで勝手に大きくなる後ろめたさを誤魔化したくて、大変に今更すぎる問いを、少年に向けて投げ掛けた。すると、彼は丸い月のような目を、数回ぱちぱちと瞬かせたのち、ひどく寂しげな表情を見せる。
「……名前は、ありません。あ、カンパニーに居た時は「０号」と呼ばれていましたが……」
俺はどんな反応を返せばいいのかわからずに、黙り込んだ。感じたことが全部顔に出ていたのだろうか、少年が慌てたように付け加える。
「名前は「まだ」無いだけです。……ぼく達は所有者を得て初めて、名前を与えられるものなので……」
それを俺に与えて欲しいとは、彼は望まなかった。弁えている、とでも言うように。本来なら、そのことに胸を撫で下ろすべきなのだろうに、俺は、名前も無い彼の行く当てばかりが、心に引っかかって仕方がなかった。
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