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「十倉さん。今度『マキナ・カンパニー』さんにお出しする資料、データまとめ終わったんですけど、確認してもらっていいですか?」 「……!」 「十倉さん?」 「あ、ああ悪い……。目を通しておく」 「はい、お願いします」  後輩から受け取った資料に記載されていた企業名を見て、俺は思わず固まった。不思議そうにする彼の視線をなんとか取り繕って躱し、俺に資料を託して去っていく背中を見届けた後、改めてそれに目を落とす。  ――マキナ・カンパニー。  産業用ロボットの開発・生産において、近年急速にシェアを拡大している企業だ。なんでも、高度なAI技術が売りだとか。あまりに急成長を遂げた企業故か、同業者との間に軋轢を生んでいるという噂もあるものの、確かに技術力は群を抜いていると言えよう。  俺も一度、本社ビルを訪れたことがある。今、自社でこことのシステム提携の計画が持ち上がっているからだ。 「(そういえば……)」  その訪問の際にあった、小さな出会いを思い出し、俺はデスクの引き出しを開けた。たくさんある仕切りの中のひとつに、シルバーのドッグタグペンダントが入っている。何故か社内で迷子になったらしい少女を、受付まで案内した際に、彼女からもらったのだ。  ――また逢えるように、あなたに持っていてほしいんです。  少女があまりに、切なげな表情でそう言うものだから、断ることも出来ず、そのまま受け取ってしまったのだっけ。 「……んん?」  その少女について考えた時、不意に現在俺の家に押し掛けている少年の顔が脳裏を過った。そういえば、どことなく面差しが似ているような気もするような……?  だが、アンドロイドは当然成長しないし、本社を訪れたのはつい三ヶ月ほど前の話だ。色々と辻褄が合うまい。 「(それはともかく、あいつの言ってた「カンパニー」って……)」  ――カンパニーに居た時は「0号」と呼ばれていましたが……。  少年の言葉を思い返す。カンパニー。ロボット生産。共通項なんてその程度なのだが、何故だか妙に引っかかる。  もやもやとした思考を抱えながら、俺は預かった資料に目を通し始めた。 「佐藤。さっきの資料だけど、これで特に問題ないよ」 「ありがとうございます!」 「一応課長にも目通ししてもらってくれ。……じゃあ、お先に」 「えっ、今日も定時退社ですか!?」  後輩の心底驚いたような反応に「……悪いかよ」と返せば、慌てたように首を横に振る。俺、そんなに残業ばっかりしてたかな。確かに、終電の面子を覚えてしまうくらいには、それに乗っていたけれど。  今はする必要もない仕事を余分にこなすより、気に掛けたいことがある。それだけだ。  オフィスを出た俺の背後から、上司が自分を探す声がするのを聞き過ごしながら、家路を急いだ。

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