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その夜は、久しぶりに昔の夢を見た。嫌な夢だ。思い出したくもない、最低な記憶。
大学時代の話だ。飲み会で、所属していたサークルの女の先輩に勧められるまま、断りきれずつい酒を飲みすぎてしまった。目の前がぐるぐると回転し、足取りも覚束ない俺を支えるのは、酒を勧めた張本人で。
『ねえ~、十倉くん大丈夫? あたしが送ってってあげるよ』
無遠慮に体に押し当てられる胸の感触。鼻持ちならない、化粧品と香水のにおい。耳障りな媚びた声。頭が痛む。ああくそ、なんだってこんな、見え透いた罠に掛かってしまったのだろうか。
それからは、「平気だ」「放っておいてくれ」とぐらつく視界で懸命に主張した俺の健闘もむなしく、女の部屋に連れ込まれた。
『今日は泊まっていきなよ~。大丈夫、あたし一人暮らしだし!』
寧ろ不安が増した。全っ然大丈夫じゃない。
早くアルコールよ抜けてくれ、と天にも祈る気持ちだった。
されるがままにベッドに座らされて、俺が動けないのをいいことに、女はべたべたと纏わりついて体のあちこちを触ってくる。俺とコイツの性別が逆だったなら、即警察に通報したって差し支えないレベルだと思う。
そうこうしているうちに、女の手が俺のシャツの裾を捲って、直に肌を撫で始めた。ぎょっとして女を見れば、奴は元々品のある訳でもないその顔に、輪を掛けて下品な笑みを浮かべ、言い放った。
『……さすがに、この状況だもん。ナニをするかは、わかるよね? 大丈夫! 十倉くんハジメテでしょ~? あたしがリードしてあげるから!』
そんなもんいらねえ! 熨斗付けて返してやるわクソ女!
叫びたくても、酒の影響なのか、声が上手く出せなかった。迫る女に抵抗しようにも、腕さえろくに上がらない。
為す術もなく押し倒され、女が俺に顔を近づけてくる。何をするつもりなのかに気づいて、俺は出せる限りの力を振り絞り、顔を背け腕で口元を覆った。
『……なによぉ、その態度。……ま、いいけど』
不服そうに眉を寄せた女だったが、すぐに気持ちを切り替えたようで、さっさと俺のズボンを脱がしに掛かっている。もう勘弁してくれ!
萎えている俺のモノを取り出した女が、慣れた様子でそれをしゃぶり始める。不快で不快でたまらないのに、俺の意志に反して体は反応してしまう。普通は酔っていれば反応しづらいものらしいけれど、なんでこんな時に限って……!
サボって処理をしていなかった自分を内心で何度も何度も呪いながら、俺はもう、ただひたすらこの地獄が一刻も早く終わってくれることを祈っていた。
『……ふふ~。かわいくない態度、って思ったケド、体は正直だね~』
にやにや笑って俺を見てくる女の顔を、とりあえず渾身の力でぶっ飛ばしたかった。フェミニズムなんか知るか。
『それじゃ……そろそろ、いただきま~す』
そう言って俺の上に跨がった女が、欲に塗れた心底不快な目でこちらを見下ろし、大変に不本意ながらも兆している俺のモノを、自身の胎内に収めていった。
それ以降のことは、もう思い出したくない。トラウマレベルで覚えてるけど。
明け方近くなって、ようやっと体に自由が戻った俺は、一睡もしていないせいで靄の掛かった頭を抱え、縺れる足を叱咤しながら、這う這うの体で女の家から逃げ出した。まさに満身創痍。
その後、俺はサークルを辞め、女の接触を徹底的に避け続けた。尤も、女の方もあの日自身が目覚めた際に俺が逃げ出しているのに気づいた時点で、早々にこちらを構う気は無くしたようだったのだけれど。
男の俺が「レイプされました」なんて言ったところで、真面目に取り合う奴なんて居やしないだろう。酒の席で抱える後悔なんて、そんなもの。
結果として大火傷を負う羽目になった俺は、それ以降、徹底して色恋沙汰を避けて生きる人間になった、という訳だ。
「……っは!」
途轍もない不快感で飛び起きた。全身にあの時の感触が蘇るかのような、悍ましさ。服が汗だくで気持ち悪い。
「(もう何年も経つんだけどな……)」
額に手をやり、俯いて息を吐いていると、隣で寝ていたミヅキが身じろいだ。
「ん……りょうたろうさん?」
「悪い、ミヅキ。起こしたか?」
「いいえ……でも、まだ夜中ですよ?」
俺に合わせて起き上がりながら、枕元の時計を見たミヅキが言う。時刻は午前二時半を過ぎたあたりだった。
「こわい夢を、見たんですか?」
俺の顔色が最悪なのを見てか、ミヅキが不安そうに俺の顔を覗き込んでくる。心配だけが純粋に伝わってくる澄んだ瞳は、昔の夢に与えられた汚れや痛みを、全部洗い流してくれるような気がした。
思わず、俺はミヅキの体を抱きしめていた。彼の持つ優しい温かさが、触れているところから伝わってくる。誰かの温度に安心するだなんて、初めてのことだった。
「り、遼太郎さん……?」
「……ごめん、少しだけ、こうさせて」
ややあって、ミヅキは何も言わずに俺の背に腕を回し、抱き返してくれた。それからゆっくりと背中を撫で、「ぼくが居ますよ」と囁いた。
自分よりずっと幼い容姿をした少年アンドロイド。そんな彼にこうして縋り、慰められている俺の姿を誰かが見たなら、滑稽だと笑うだろうか。たとえそうだとしても、今更手放せない心地良さがここにはあった。
「なあ、やっぱり、このまま眠ってもいいか?」
「はい。遼太郎さんが眠るまで、ぼくがずっと見ていますから」
そう言って屈託のない笑顔を向けられ、俺は何故だか、胸の奥が締めつけられるような気持ち――けれどけして嫌なものではない――になる。
ミヅキを抱きしめたまま、俺は再び布団の上に横になった。さっきまでの気持ち悪さはもう無くて、穏やかに眠れそうな気がした。
「あ……悪い、今更だけど、俺めちゃくちゃ寝汗掻いてるし、気持ち悪くないか?」
「遼太郎さんのなら気になりませんよ」
即答だった。
擽ったい気持ちになりつつも、ありがたくその言葉に甘えることにして、俺は目を閉じた。
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