12 / 21
＊＊＊
「今日は、買い物に行きます」
「？ はい」
「お前の服だよ。まさか、ずっとこの部屋に引きこもってるつもりじゃないだろ？」
昨日買ったコンビニ弁当を電子レンジで温めながら、俺はミヅキに言う。そもそも、今までサイズオーバーのシャツ一枚で過ごさせていた俺がおかしいのだと、思わず頭を抱えたくなる。
幸いにして、今日は休日だ。最寄り駅の近くにあるショッピングモールまで足を伸ばして、必要なものを種々揃えたいところである。
「これ食ったら支度するから、少し待っててくれ」
「はい……」
どこか上の空で返事をするミヅキを見て、「ああ、また何か、俺が恥ずかしくなるような方向に思考を巡らせている気がする」と感じ取れるくらいには、こいつのことがわかってきたように思う。
ひとまずそれは置いておき、一晩経って味が落ちた幕の内弁当を胃に収めながら、俺はこの後の予定を立てることにした。
自分が所持している服の中でも、比較的小さめのものを何着か取り出して、ミヅキに着させる。彼は初め「この格好じゃダメなんですか？」と素で聞いてきたので、丁重に却下した。ダメに決まってるだろうが。
「んー……やっぱ裾は長いか」
身長百七十五センチの俺と比べて、十センチ程度低いミヅキに、俺のズボンは丈が余る。ウエストはベルトの穴を目一杯詰めてなんとかなったが、余った裾については少し不格好だが折るしかなさそうだ。
最後に、着せたパーカーのフードを頭に被せて、一応の準備は整った。どこからどう見ても、普通の若者……に見えると思う。これでとりあえずは、一緒に歩いていて職質を受ける、ということにはなるまい。
それに、ミヅキの容姿は人目を集めてしまうだろう。無用なトラブルを避けるためにも、少し視界は遮られるが、顔を見られにくいスタイルの方がいい。
ミヅキは、その場でくるくると回りながら、サイズの合わない俺の服を着た自分を楽しげに見ている。
「わああ……！ 遼太郎さん、ぼくこれ知ってます！ 「彼シャツ」っていうんですよね！？」
「あー、うん。……厳密に言うと違うんだけどな」
歯切れの悪い俺の言葉はいまいち彼には届いていないようだ。すっかりはしゃいでいて、飛んだり跳ねたりしているミヅキに、敢えて水を差す必要もないかと思い、俺はそれ以上言及するのはやめた。
部屋を施錠する傍ら、隣に立つミヅキを見下ろすと、彼はどこか警戒するように周囲を見渡していた。
「……やっぱり、不安か？」
「大丈夫、とは言い切れませんね……。ぼくが逃げ出して、もう四日は過ぎていますから。ぼくの居場所を掴んでいるはずのカンパニーが、何もしてこないはずがないんです」
俯いているミヅキの表情は見えない。けれど、いくら服装を変え、フードを目深に被ったところで、拭い去れるような不安ではないのだろう。
「どうする？ やっぱり、留守番してるか？ 俺一人でも全然――」
「平気です！！ ぼくも行きます！！」
間髪を容れずに拒否された。こいつ、そんなに外に出たかったのか……。
まあ、白昼堂々、人ひとり連れ去ろうとする奴も居るまい。気を取り直し、俺たちは出掛けることにした。
「（向こうからしたら、俺がこいつを連れ去ったようなものなんだろうけどな……）」
「わああ……！」
アパートから少し歩いて、駅前のモールに到着した。ミヅキは、通路の両端に軒を連ねる数々のテナントや、行き交う人々の多さと活気に、澄んだ瞳をきらきらと輝かせている。
「こういうのは初めてか？」
「はい！ カンパニーに居た時、映像資料で見たことはありましたけど、こうして自分がその場に立ってみたら、全然違うんです！！」
心の底から嬉しそうにしているミヅキを見て、やはり連れてきて正解だったと思っていると、おもむろに彼が俺の手を取った。
「あの、人、たくさん居るから……はぐれないように、手を、繋いでもいい、ですか……」
そう言うと、手を握る力を少しだけ強くするミヅキ。フードの陰から見える頬が、僅かに赤い。その様子を素直にかわいいな、と思った俺は、返事の代わりに小さい手を握り返した。
「！」
「……早く行くぞ。日が暮れる」
「……はいっ！」
モールの広場にある時計は午前十一時を少し過ぎたばかりで、全然慌てる必要なんかなかったのだが、俺は気恥ずかしさからつい早足で歩いた。尤も、手を引かれた状態のまま、小走りで懸命についてくるミヅキに気づいて、すぐペースを緩めたけれど。
歩みを進めると、俺がいつも自分の服を買っている店が見えてきた。ここで、こいつが何かしら気に入るものがあれば良いのだが。
店内に入り、ミヅキに「好みの服があれば言え。それを買おう」と告げると、物珍しさにすぐ店内を歩き回るだろうという予想に反して、彼は困った顔をして黙り込んでしまった。
「……遼太郎さんは、ぼくがどんな格好をしていたら、嬉しいですか？」
「え……」
ミヅキが、返事に詰まる俺の様子を見て、一度ゆっくりと瞬きをする。
「ぼくらは、そういうもの、なんです。すべては持ち主の望むまま、お気に召すまま」
個々の意思はそこに無い。必要ないものなのだと、彼は暗に言っていた。
それは。それはあまりにも、やるせないことなのではないかと思った。機械なら所有者の望むとおりに動いて然るべきなのかもしれない。でも、ミヅキはこんなにもヒトと同じように、笑ったり、泣いたり、たくさんの表情を持っているというのに。
「……俺は、ミヅキを機械みたいに扱うつもりは無い。今好きだと思えるものが無いなら、これから作ろう。初めは俺の価値観を真似るようなもので構わない。けど、そこに新しい、お前だけの気持ちを作ろう」
「遼太郎さん……」
ああ嫌だ。こいつよりもずっと、俺の方が先のこと考えてる。こいつがずっと、俺のそばに居るみたいなつもりで、物事を考えてしまっている。
ミヅキは、苦い顔をしている俺を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。そんな顔させたい訳じゃなかったんだ。上手く、いかないな。
「……ぼくは、遼太郎さんの好きな、ぼくになりたいんです」
ややあって、ミヅキがそう口を開いた。
「あなたの好きな服を着て、あなたの好きなお料理を作って、あのお部屋で帰りを待つんです。そうして少しずつ、遼太郎さんの中に、ぼくが居てもいい場所を、作ってほしい」
――あなたのためだけのぼくに、なりたいんです。
ミヅキは、愛おしげな眼差しを俺に向け、微笑んだ。俺のためだけのミヅキ、か……。
俺は想像してみた。朝食を作り、俺を送り出す彼を。帰宅すれば、部屋の安っぽい蛍光灯の明かりの下で、温かい夕食と共に俺を出迎える彼のことを。少し考えて、それはここ数日の出来事と大きな違いはないように思えた。それは、つまり？
「……とりあえず、動きやすい服がいいか」
「え？ あ、はい！」
今この場でこれ以上の思考を続けるのは得策ではない気がして、俺は考えるのをやめ、彼の衣服を選ぶことに神経を集中させることにした。
ともだちにシェアしよう！
