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「なあ…………。お前、いい加減その変なオーラ放つのやめろよ……こっちの気まで滅入るんだよ」
「うるさいです1号」
高級ホテルのスイートルーム、と称するのが相応しいくらいの広く豪奢な部屋の中。クイーンサイズのベッドの上で丸くなり、頭からタオルケットを被っているのはミヅキだ。
そして、そんな彼に嫌気が差したように苦々しい顔で声を掛けたのは、1号と呼ばれた少年アンドロイド。年の頃はミヅキとそう変わらないような容姿をしているが、その雰囲気は対極的だった。チョコレート色の髪に、健康的な色合いの少年らしい肌。そして、夜の闇に似た、深い藍色とも紫ともつかない瞳。どちらかと言えば華奢で可憐なミヅキとは異なり、快活でやんちゃそうな印象を受ける。
ここは、マキナ・カンパニーの奥部にある、アンドロイドたちの居室である。
遼太郎の元から連れ戻されて丸一日が経つ。ミヅキは、戻って早々強制的に行われたメンテナンス以降、ずっとこの有様だ。
「お前がいくらその人のこと好きでもさー、買ってくれなかったんだろ? お前のこと。しかもお前のこと好きかどうかもわかんな――」
「遼太郎さんはそういうのじゃないんです!! 何も知らない癖に好き勝手言わないでください!!」
「だったらいい加減、鬱々とした空気振りまくのやめろや!! 同室のオレのこともちょっとは考えろ!!」
正論を返されて、ミヅキはぐうと黙り込む。わかっているのだ。耐え難いほどの寂しさを消化出来ず、彼に八つ当たりをしているに過ぎないことは。
「……すみませんでした」
「いや……オレも言い過ぎた。悪ぃ。……けど、なんだって社長も、その人にそんな意地悪言ったんだろうな?」
「…………」
言われて、ミヅキは考え込む。確かに、以前の彼は自分たちにとても優しく、あのように追いつめるような言動をするなど考えられなかった。いや、今回自分が連れ戻されてメンテナンスを行う間も、それが終わってからも、彼は以前と変わらず、優しい親のようだった。
「(やっぱり、ぼくが契約を蹴って逃げ出したのが、いけないんでしょうけど……)」
それでも、常識でははかれないものがこの世にはあるのだと、ミヅキは知ってしまった。
あの人が欲しい。あの人のものになりたい。触れられたい。キスをしたい。それから、それから。
「遼太郎さん……っ」
全身の回路が、切なく震えるようだった。メンテナンスは滞りなく終わり、整備不良が原因だったあの燃費の悪さも解消されたのに。
ミヅキは、少しでも同情を引いて自分をそばに置いてもらいたくて必死で、自身のスペックをあれこれ偽ったことを思い出した。後悔で勝手に滲んでいく視界に、思わずタオルケットを抱きしめて、ベッドの上でやり場のない感情を持て余すかのように身を捩った。
「……重症だなー」
呆れたように呟く1号の声は、聞こえない振りをする。
二度目の逃亡のチャンスは無い。今のミヅキに出来ることは、真っ直ぐなやり方で自分に応えようとしてくれた、どこまでも優しく温かいひとのことを、信じて待つことだけだった。
***
あの後、どうやって部屋に戻っていつの間に眠ったのか、全く覚えていない。
目を覚ましてからは、ずっとミヅキのことを考えていた。元々俺ひとりだったこの部屋に、自分以外の気配が無いことは何もおかしなことではないのに、俺はずっと、彼がここに居ないのは何故なのかを、考えていたんだ。
何もせずに過ごした日曜日が終わる頃、俺はようやくひとつの答えを出すことが出来た。
俺は、間に合うだろうか。彼は待っていてくれるだろうか。
翌朝、まだ誰も出勤していない職場に俺は居た。大切なものを取りに来たのだ。
自分のデスクの引き出しを開け、中からあの日もらったペンダントを取り出す。これにはまだ何か、もっと重要な意味があるような気がするのだ。
「さて、行くか」
上司の机に今日の有給休暇の申請書を置くだけ置いて、俺はオフィスを後にした。後から電話が掛かってくる可能性――たぶん間違いなく掛かってくるだろう――を考え、スマホの電源を切っておく。
これで準備は整った。効果的な策も、あの男を納得させ得るだけの理由も、生憎持ち合わせが無いけれど。俺はミヅキを迎えに行く。このまま、ただの白昼夢として終わらせるのなんてごめんだった。
やけに速度が遅く感じる電車の中、俺は彼に言いたいことが溢れ返って雑然とした頭を、持て余していた。
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