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 今日は慣れないことをしたせいか、ひどく疲れた。  帰宅して電源を入れたスマホには、職場からの着信が鬼のように入っていて、俺は思わず電源を切り直した。明日出勤するのが怖い。席が無くなってたらどうしよう。  などどいうことを考えていたら、風呂から出るのが遅くなった。先にミヅキに入らせておいて良かった。  髪を拭きながらリビングに入った俺の目に、違和感が飛び込んできた。 「ん……?」  室内の様子が、入浴前と少し変わっている。部屋の真ん中にあったローテーブルが端に寄せられ、代わりに、布団が真ん中寄りに敷かれていた。  そしてその上に、正座しているミヅキ。先日の買い物で寝間着を購入するのを忘れたので、結局俺のシャツを着ている。……下はどうした。俺、さっき渡したよな?  最初に拾った時を彷彿とさせるシャツ一枚の姿。ゆっくりと俺と目を合わせた彼の頬は、淡い桃色に染まっている。 「遼太郎さん、その……もう少し、こちらに」  呼ばれるままに近づく。ミヅキが俺の分のスペースを空けるように布団の端に寄ったので、そこに腰を下ろした。 「ミヅキ、これは――っ!?」  状況説明を求めようとした俺の言葉を遮って、ミヅキがキスをしてきた。軽く触れただけで、すぐに離れると、染まった頬を隠すように俯く。 「ごめんなさい、遼太郎さん、こういうこと好きじゃないって知ってるのに……でも、ぼく……ちゃんと、あなたのものに、してほしくて」  そう言うと、俺の腕を引きながら、ミヅキが布団に仰向けに倒れた。強く引っ張られて、そのまま膝を突く形で前のめりになる俺。ちょうど、彼を押し倒すような体勢にされる。あの時とは、逆だ。  潤んだ瞳で俺を見上げるミヅキが、恥ずかしい秘密をひとつずつ明かしていくような面持ちで、訥々と話す。 「……ぼくらの身体は、はじめて性交渉をした際、相手の身体に合わせて、内部の回路が自動で微調整されるんです。……そのひととだけ、そういうことが出来るように」  ――それが“適合”なんです。  なるほど、ミヅキがあの場で説明しなかったのも頷けるような内容だ。セクサロイドを「所有」するというのが、どういうことなのか。はっきりと認識させられる。 「一度“適合”の済んだセクサロイドは、他の相手とそういった行為に及ぶことは出来なくなります。物理的には可能ですけど……気持ちよくは、なれないので」  これは彼らが、生涯ひとりの相手だけを愛し、愛されて暮らせるように、という願いの下に、神宮寺が組んだプログラムなのだそうだ。 「だからこそ、ぼくは……遼太郎さんに、その、してほしい、んです……」  俺の頬に指先をそっと這わせながら、甘い表情でミヅキが囁く。  目眩がしそうだ。不快だからではなく、たぶん、これは興奮と歓喜。俺にもこんな衝動があったのかと、顔には出ていないと思うが、結構驚いている。彼に出逢ってから、これまでの自分が、少しずつ作り替えられていっているのを、ひしひしと感じていた。 「本当に俺で、いいのか……?」 「……今更、あなた以外に誰を望めというのですか?」  くすくすとミヅキが笑う。蠱惑的な笑みだった。  裾を捲り上げ、初めて目にしたシャツの下の素肌は、想像以上に白い。抜けるような、と表現するのが相応しいだろうか。だがしかし、俺はすぐ様手を戻してそれを覆い隠した。 「……なんで、何も穿いてないんだよ……」  ミヅキは、下着すら身に着けていなかったのだ。いきなりそれは、刺激が強すぎるにも程があるのではないか? 能動的にこういった行為に及ぶのは初めてである俺には、少なくともそうだ。 「そ、その方が、スムーズにしやすいかと思ったんですが……ダメでしたか? あ、自分で脱がしたかったとか――」 「違う、そうじゃない! 断じて! そういうことじゃ、なくて……。なんて言うかさ、こういうのって、お互いの気持ちを確かめ合うためにするものだろ? 本来的には……。何も、そんな作業みたいな気持ちで臨まなくても……」  俺はミヅキに触れたい。今は、はっきりとそういう気持ちを抱いていると言える。自分からする経験が皆無に等しい俺には、上手く事を運ぶのは難しいだろう。それでも、どんなにたどたどしかったとしても、俺なりの方法で、彼を慈しんでみたいと思ったのだ。 「焦らなくていい。俺も、そうする。今は、ミヅキに触りたくて触ってるから、だから……安心して、欲しい」 「遼太郎、さん」  ミヅキの目が見る間に潤んでいく。容量を超えた分の涙が、目尻から零れてなめらかな頬を濡らした。  どちらからともなく、自然な感じで距離が近づき、唇同士が触れた。ぺろりとミヅキの唇を舐めれば、少しずつそこが開き、俺はその隙間から舌を滑り込ませる。 「んっ、んぅ……」  触れたいように触れているに過ぎない。どうするのが正解かなんて碌にわかりもしないまま、ミヅキの舌を絡め取って自分のと合わせる。咥内から唾液が溢れ、下になっている彼の口元をべとべとにしていく。苦しげな息を漏らす傍ら、俺の背に回った手が、着ていたTシャツを掴んだ。  唇を離すと、とろりとした透明な糸が俺たちを繋いでいた。こういうのを目の当たりにするのは気恥ずかしい。少しばかり乱れた呼吸を整えつつミヅキを見下ろせば、彼も同じように俺のことを見ていた。 「は……りょー、たろ、さ……ぼく、うれし、いです」  途切れ途切れの呼吸の合間に、そんなことを言うミヅキ。蜜でコーティングしたような色をしている瞳に、自分が映っている。そのことに胸の奥が焦げ付くみたいに熱くなる。今からこんな状態なのに、もっと彼の奥に触れたなら、俺は一体どうなってしまうのだろう。 「ぼくも……あなたに、さわってほしい。ナカまでいっぱい、ほしいです……っ」  背筋を、電流めいた衝動が駆け上がるのを感じた。  俺は、ミヅキのシャツを再び捲り上げるべく手が勝手に動くのに任せる。次の刹那には目に飛び込む素肌の白さに、くらくらした。

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