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殿ハジメを忘れたケジメ

朝チュン系というか朝チュン前夜系 * * *  熱めの湯で背中が痛む。掻いた覚えがある。そういえば爪を切っていなかった。爪を切っていないということは、彼とそういうこともしていない。していたら、切っているから。傷付けないように。実際今、背中を掻いて傷付けている。  忙しかったわけではなく、何となく並んで、手を握って、冷えたつま先をいつでも温かい彼の足に当てていれば、冬の夜は満足に過ごせた。暖房を点ければいいけれど、特に困ってもいなかった。俺は。俺はだ。俺に湯たんぽにされている彼は?  風呂から上がって爪を切る。ティッシュの上に爪が飛ぶ。風呂前の彼がそれを見ている。俺の爪を、子犬みたいな可愛い顔で。何故だか少し、恥ずかしい。 「お湯、熱いから気を付けろよ」  話したいことはあるけれど、核心的な言葉が出てこない。このまま風呂に送っていいのか。お湯に浸かって考えて欲しい。心の準備を。それから決めよう。俺ひとりで決めることではないから。だって明日は俺も彼も休みだ。  呼び止めて、珍しくおとなしい彼を見つめる。風呂に入る前まではにぎやかだったのに。 「夜、いいか……?」  目が合う。風呂上がりだというのに一瞬でまた汗ばんだ。 「待ってたぜ」  色気のない返事が俺を救う。彼の軽快さに、泥沼にはまりがちな俺はいつも助けられている。同時に、待たせて悪かったと、口にするのはきっとお互い照れるから、行動で返そうと思う。  恋人との時間は大切で、けれど、俺がそんなだから、普段は子供っぽくて元気なのに、意外と気を遣うのが上手い彼に甘えてしまっていた。準備だけさせて、待たせていた。何日も。2週間以上。  切った後の爪を磨く。あまりこだわりはない。ただ何となく彼の肌を傷付けそうで。惰性といえば惰性。しかし入念に。新年最初の……こういうのは殿初めというのだろうか?  彼が出てきたらまずはじめに謝って、許してもらおう。許さないなんて彼は言って、きっと明日の予定は埋まるのだから。 * * * プラトニックな関係でも大満足攻めと+αが欲しい受け。 2021.1.18

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