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明日は明日で風邪をひく

* * *  彼はリンゴが剥けない。皮は付いたまま、ゴツく切られたリンゴの皮を指で剥く。 「うさちゃんみたいに切りたかったんだケドさぁ〜」  うさちゃんだそうだ。可愛いから許す。  俺は風邪をひいていた。リンゴの剥けないこのカワイイクラスメイトみたいに風の子にはなれなかった。必ず年に一度、こういう寝込むほどの風邪をひく。   「包丁怖いんだもんよ」  彼の子供みたいな指が切れなくてよかった。そう思っていると、腋に挟んでいた体温計が鳴った。我に帰る。惚気ている場合じゃない。 「オレが会いにきたから熱上がったんじゃない?」 「そうかもな」  37度8分。熱がある。俺は大丈夫。明るいうちから何時間も静かに寝ているのは苦手ではないから。それを誰でもできる、むしろ誰もがそうしていたい、簡単なことだと思っていたが、彼に出会って、俺の狭い世界を知った。 「でも、どうして来たんだ」  「走って来た!」  彼は得意げに言った。こういうところが本当に可愛くていけない。けれどやっぱり惚気ている場合ではなくて、大切なことは言わなければ。  「うつったらどうする?」  ブロック状に切られたリンゴの皮を剥かれて、口に放り込まれる。少し生温い。 「お前が看病してくれるだろ?」  それは決定事項だ。俺が看病する。俺の存在が、こいつの中でそれほどに大きくなっていて正直、かなり、嬉しい。  オレはうつらない、くらい言ってくれ。 「その前に、風邪ひくな」  おとなしく寝ていられないタイプなのだから。喉を痛がって咳をするこいつの姿なんて考えたくもない。 「なぁ……2人で一緒にカゼひいたらさ、アイツ………疑ってくれるかな」    どちらからともなくキスをする。疑え、俺たちを。  それで、気付けばいい。自分のカレシはここにいたんだって。 * * * 寝取り野郎に付ける薬はない。 ▽よくある質問 Q.18禁ではありませんがこれは寝取りに入りますか? A.ワンチャン口付けは性行為よりも中身が実質的で重い場合があります。 2021.1.20

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