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橙色の幻 ※

monogatary.comから転載 お題「教室の甘酸っぱい思い出」 ***  特別な許可というやつで、俺も言い出そうかどうか迷って、でもせっかく来たからと断られるのは前提で言ってみたら、屋上に出てみてもいいということだった。  学校の屋上が開放されていることなんて滅多にない。あれは演出だ。  多感な時期のあいつ等は青空を前にすぐ同化したがる。風に溶けたがり、夕焼けに灼かれたがる。  母校から見る生まれ故郷の街並みは昔と変わらないようでいて、よく見ると分かるソーラーパネルだの建売住宅だのは俺の知らないものだ。  あれから何年経ったのか。あいつも俺と同じように成人を迎え、今頃は社会人か……それか無職か、別に何でもいいけれど。  変わらないのは俺の中のあいつ像と、まだ一緒に居たかったという、叶わなかったからこそ綺麗なままでいる幻想。  校庭を見下ろすと、大きな木があって、あそこが俺たちの待ち合わせ場所になっていた。4階のベランダから、あそこをめがけてあいつは翔んだ。いいや、そんなドラマティックなものじゃない。あいつはダイブした。俺を見て。  階は違えどあいつと初めて話した席で、俺はあいつが落ちていくのを見た。あいつは落ちていくまで俺を見ていた。 ―まだ帰らなくていいのかよ?  西陽の射し込む放課後の教室で部活の途中で戻ってきたあいつが笑った。白い歯が橙に染まって、夕陽の時間帯に太陽が浮かんでいたら誰だってびっくりする。  いい思い出だった。酸っぱくて甘かった。俺にとっては。俺にとっては。あいつにはただの1ページ。たったのどうでもい1ページ。  好きな人に好きになってもらえなかったら、何人に好かれようと、好かれているとは言えないんだ。  そのたった1人に好かれなかったら?100人に好かれるか1人に好かれるか、俺は不毛な心理テストの望まないほうを選び取っていた。  あいつは俺のものだと、俺はあいつのものだと知らしめて、あいつは怯えて、守った気になる。俺は悪人をやりながら彼の恋人をやった。その結果は、……  俺のせいであいつは死んだ。俺が殺した。  さようなら母校。甘い思い出は捨てていく。ただ、まだ生きているのは、延々と繰り返しては途切れていく夢を追っているからだ。 *** 880字弱 2022.9.25

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