55 / 178
いずれきっと、cut ※
monogatary.comからの転載。
お題「前髪」
***
喋るたびに彼は首を振る。俺を否定しているわけではなくて、目にかかる前髪が鬱陶しいらしい。確かに伸びて、ただでさえ子供っぽいのがさらに幼く見える。それはそれで可愛らしいけれど、邪魔そうなのが可哀想で、別に彼が鬱陶しいわけではないが、目の前で頻りに首を振られるとなんだか落ち着かない。
「前髪伸びたな」
だからどうしろというつもりはない。彼の好きにすればいいけれども、毛先が目に入るのを想像するといくらかむず痒いのは否めない。
「そろそろ床屋行かなきゃかー」
彼は自分の前髪を鷲掴む。額が露わになって訳も分からず俺は焦った。それは反射と衝動に似ている。
「後ろはこれでもいいんだけど。ハサミあったらそのままばつっといきたいね」
彼はプールや海が好きだから日焼けしたり、水質なんかで毛が傷んでいて、唇や頬に刺さる感じがある。だからつまり……キ、キッスをするとき。額に。
それはそれでクセになるのだけれど、その下、肌にはまだしたことがないから、見てはいけないものを見てしまったような、別に性的なものなんて何もないはずなのに……こういうのは、そのものずばりというよりかは、各々が自分の中で"育てて"いってしまうものなのだろう。
彼が裸だろうが下着一枚姿だろうが、多少の不安というか、もっと直感的な、もやもやはあるけれど、それとはまた違う、俺の中の俺を侮蔑する心というのが目覚めてしまう。俺が彼を邪な目で見ることを、俺が赦していなかったり。
「どした?」
「いいや……考えごとを……」
彼は俺を見ながら、自分の腕に掛けていた髪ゴムで前髪を結わえはじめた。
ブレスレット代わりか何なのか、彼は髪ゴムを腕に巻いている。パステルカラーの毛玉が付いたような髪ゴムが女児みたいだ。一時期流行った。男女問わず、パステルカラーでファンシーに、或いは極彩色を身に纏うのが。
彼の前髪は絵に描いた南の島みたいになって、その滑稽さと、露わになった俺にとって未開の素肌に落ち着かなくなってしまった。弛んだヤシの木がまるで催眠術だった。彼の真ん丸の瞳も魅力的だが、その上でぷらぷら揺れる南の島のシンボルが、俺をナントカとかいう大それたアゲハチョウみたいなのにさせた。
***
900字強
アレクサンドラトリバネアゲハ…?
2022.9.29
ともだちにシェアしよう!