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蜜めないで ※
monogatary.comからの転載。
お題「甘露」
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彼は子供舌だ。好きなものも子供みたいで、嫌いなものも子供みたいだ。そこがかわいいのだけれど。別にそういうシュミはないし、多分彼だからそう思ってしまうのかも知れないけれど。
たくさん食べる彼を観るのが俺の趣味で、年下の、それも中学生だの小学生だの未就学児だのがシュミというわけではない。むしろ苦手だ。
同い年だが、俺より背が低い。筋肉量は俺よりあるかもしれないな。俺よりよく食べて、肥りもしない。まだまだ成長期か?なんて思ったり。栄養はどこへ行っているのだろう。あの活発さだろうか。俺が調理したものが、彼の身体を作っている……?
彼は大雑把で不粋に見えて、季節の味覚が大好きだ。意外と風流で、俺も彼と四季を練り歩いている気になる。
今は秋。栗がいっぱい手に入って、そのまま蒸すのもいいけれど、甘露煮にする気になった。添え物にするのでもいいし、弁当に入れるのでもいい。
えらく工程があるけれど、彼のことを考えていると栗の皮を剥く作業もいつの間にか終わっていた。
彼は意外と風流で旬を楽しんでいるようだけれど、やっぱり味覚は大味が好きだから、栗を煮詰める砂糖は気持ち多めに入れる。溶けていってとろみがつく。
鍋の前で俺は突っ立って栗に味が浸みていくのを見つめる。まるで虚無の時間みたいだろう。昔はそうだった。料理のこの待ち時間が苦痛で、かといって離れるわけにもいかず、ひたすらに虚無だった。時間の無駄に思えた。
栗の沈んだとろんだ液面が妖しく白く反射している。俺まで煮詰めるつもりらしい。俺は彼の前に丸裸に剥かれ、色付いて、てろてろに輝き、柔らかく甘くなるのだ。そのあと瓶に詰められる。そして彼の機嫌で掬われて、皿の上に放られる。蜜に濡れててろてろ輝きながら、甘くなって、裸に剥かれたまま。
悪くない。
世にいう深淵とはこういうものなのかも知れない。高い崖でもなく、深い井戸でもなく、こんな小さい浅い鍋なのかも。
俺が栗を煮詰めているとき、栗どもは俺を見つめていた。俺たちの関係は煮詰まっているところで、だからつまり、俺は一生一緒にいたいということだ。
クリスマスが近付いている季節。別に特別浮き足立っているわけではないけれど、弁当を作るのも家に呼ぶのもあの告白もこの交際も、ただの気紛れではないと彼に伝える必要がある。俺の覚悟はもう煮詰まっていると。
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960字強。
2022.11.9
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