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ユズれぬ当時
俺を高らかに呼ぶ声が近所に谺 する。俺が顔を上げれば、その手にある夕日みたいな柑橘類よりも眩しく笑って俺のほうへ駆けてくる。
庭でたくさんユズが生 ったというからそのお裾分けらしい。今日は冬至。ユズを湯に浮かべる日。
「握り潰すなよ。そんな力無いか」
俺を細い、細いと言って侮るところは相変わらず高校時代と変わらない。
俺はおいと戯けて、あまり大きくならなかった彼の頭に手を置いた。
「少し待っていてくれ。カボチャの煮付けを作ったから持っていけ」
俺は台所にいってタッパーにカボチャを取る。
俺は驚いている。ユズを持って走ってきた姿を見て、高校時代を思い出した。
俺と、彼と、あいつ――
明るくて社交的で陽気な彼に合うのは、根暗で口下手で陰気な俺ではないはずなんだ。彼と同じく明るくて剽軽で愉快なあいつのはずだ。
少し離れたクラスの彼が、俺とあいつの教室へやってくるときの姿に似ていた。両手にパンを抱いて。リスみたいにやってきた。あの頃に流行った歌、あの頃によく街で見かけた異性の服装をまだ覚えていて、多分今木枯らしでも吹けば忘れて、思い出せはするのだろうけれど……
彼はあいつが好きだったし、あいつも彼を好きだった。それは互いの確認はないけれど、暗黙の両想いだった。だがそれは脆い。
それは脆くて、俺でも十分、壊せたんだ。
元気で、愉快で少し横柄なあいつはよくモテた。顔も悪くない。部活でもエース。ナルシストにおどけながら、実際あいつを好く女子は多くて……
悪魔が俺に囁いたんじゃない、俺が悪魔だった。
あいつには他に好きな人が――付き合っている人がいると嘘を吐いて、傷付く彼を独占した。洗脳するのは容易かった。
「なんだか久々だな。懐かしい匂いがするよ」
彼は俺の後ろで台所を見回している。俺はカボチャを箸で割く。あの時に2人を引き裂いたみたいに。
彼に相応しいのはあいつだった。けれど譲れなかった。譲らない。彼を幸せにするのは俺だ。あいつとならもうとっくに別れていたはずだろう?
「1つ、味見していくか」
割いたひとつを菜箸で摘み、彼の口元に寄せる。ああ、嫌だ。昔あいつも彼にこうした。母親の作った弁当を、買い食いばかりの彼に。
「やっぱりオマエ、料理上手だな」
カボチャは好きではないと、あのときあいつに言っていたのに、俺の煮付けだけは食べる君。
「好きだよ」
その言葉に俺は苦しくなる。
「オマエの料理」
***
980字弱。
2022.12.24
「オマエ」のことは好きじゃない。
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