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還らずの天使 ※

monogatary.comからの転載。 お題「薄明光線」 ***  彼がいなくなった帰り道というのはどこか寒い。別に風避けにしていたわけではないけれど。  彼と俺の住んでいた土地は木枯らしが強くて、唇にはワセリンを塗って、マスクをして、マフラーはしっかり縛っておく。女子高生も制服のスカートが大変そうだった。埴輪スタイルだなんて下に長ジャージを履く手段もあるけれど、俺たちの高校時代は禁止されていた。しかも電車は1時間に1本あればまだ多いほうで、最悪2時間ないなんてことも。この地域は自転車が自動車。バスなんてなくて、タクシーなんてもっとなくて、スクールバスは最近導入されたばかり。  そういう土地。彼を亡くしてから、俺もここへと戻ってきた。高層ビルも、気忙しい通行人たちも生臭い雑踏も明るい夜空もここにはない。肥やしの匂いと、静かな夜と、星空と、犬の散歩か農作業中の人の姿がぽつぽつと。  田舎から都会はさほど苦労しないらしいが、都会から田舎は苦労するという。その不便さに。俺も田舎から都会へ出て都会に慣れた身としては確かに田舎に途中から住むのは快適さを欠く。  それでも俺と彼の生まれ故郷であるから、肥やし臭くて何もないこの田舎には俺にとって価値がある。  空が広くて、俺たちは山を目安に方角を定めて位置を知る。風の音、空気の匂いで天候を予感する。  コンビニ帰りの陸橋からさらに広くなった空を見て、山を見つめ、下を通る電車を眺めて、自転車を使えばいいものを、わざわざ徒歩なのは俺なりの感傷。  秋から冬にかけての夕方は短くて、黄ばんだというと汚しいけれど、オレンジを帯びた雲の狭間から、光が漏れ出て俺の実家を照らしている。彼の実家も照らしている。彼とは近所の同い年で、幼馴染だった。小中と一緒。高校は違えど俺は彼を構い倒し、上京するという彼を追って俺も都会へ。いつまでも傍にいるつもりだった。そうできるよう努めてきた。我儘を言って、周りを散々振り回して―  あれは薄明光線というらしい。最近知ったけれど。彼はあの不思議な光景を「天使のお迎え」と言った。宗教画みたいだといって、ザイセリ屋の壁の絵しか知らないくせに。  天使のお迎え。そう言った彼がもう居ないのは皮肉なものだ。  もし彼とまだこの土地で過ごした数年前、一緒にあの光の柱をみていたら、願っていたただろうな。彼を連れていかないで、と。或いは今なら、俺をそこへ連れていって、か。飛び降りるつもりもないくせに。 *** 990字弱。 2022.12.2

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