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エゴめいて朔風 ※

monogatary.comからの転載。 お題「外はサクサク、中はしっとり」 ***  彼との帰り道に寄るちょっとレトロな雰囲気が残る寂れた商店街が好きだったけれど、本当に久々にまた彼と寄ったとき、そこはほとんどシャッターが降りていて、閉店したり移転したりしていた。一番関わりのあった惣菜屋も閉まっていて、閉店を告げる貼紙は色褪せて黄ばんでいた。  彼はここのコロッケが好きだったから。先に貼紙を読み終えた俺は、その肩に手を置いた。 「外がサクサクってしてて、中はしっとりほろほろでさ、美味しかったじゃん。ここのコロッケ」 「そうだな。美味しかった」 「なんだか寂しいね」  それは多分、この店だけのことをいうのではなくて、もっと、この街全体のことを言っているのだと思う。気付けば新築の家が並んでいて、ソーラーパネルが敷き詰めてある。あそこには以前までどのような何があったのか、今はもう俺だって思い出せないのに。これからの発展を期待するより変わっていく寂しく思うのは現金だろうか。くだらない大人になったと悲観すべきか? 「スーパーのコロッケも美味しいけどやっぱりちょっと、べちょってしちゃうから」 「揚げ直すよ。もうコロッケの口なんだろう?」  コロッケと、メンチカツと、エビフライ。少し他のものをヘルシーにして。別に毎日不健康にしているわけでもないのだし。 「うん」 「じゃあそうしよう」  行くぞとばかりに俺は彼の肩を軽く叩いた。    季節は晩秋。或いは初冬。地球温暖化のせいなのか、暑い期間が長くなったから12月に入ってもまだ秋なのか……という認識が抜けない。  冷たい風が吹いて、咄嗟に彼の前に立つ。気障か。けれど、彼といると自分が好きになれる。俗にいう「本当の"愛"」ではないのかも知れないが……  自分が好きだから、俺が俺を好きにさせてくれる彼を守りたくも思う。そうしたとき俺はまた俺を好きになって、彼がいなくてはもう俺は俺のメンタルケアすらできない。  やはり俗にいう「本当の"愛"」ではないのかも知れないけれど。  毛糸に包まれた彼の手を握って、コートのポケットに入れてしまう。素手なら少ししっとりして温かな手が、俺から触れると毛糸分の温もりだ。  彼は嫌なのかポケットから手を抜いてしまった。しつこくし過ぎたか。 「ん」  けれど彼は手袋を取って、俺の手を握った。 「俺の手は冷たいぞ」 「うん。だからあっためてあげる」  乾いた風が少し俺を切なくさせる。 「おまえは優しいからね。手が冷たいんだ」  俺はそんなのじゃないのだと、目が滲みていく。 *** 1000字。 2022.12.3

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