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烙園天獄左見右見 ※

monogatary.comからの転載。 お題「愛という名の失意」 ***  もう中学生に入った辺りから希死念慮を抱いていた。理由?そんなものはない。強いて言うのなら、くだらない不安と、理想とは違う自分と、いずれは死ぬという諦めと。  この世はくだらなくて、生き物は総じてろくでなしで、俺はすけこましの烙印を押されて、向かうところは甲斐性無しの根性無しの意気地無しだと、そう思い込んでいたし、信じていたし、そうでなければならなかった。  いずれ自分で死ぬことになる。それは病でも金でも人間関係でもなくて、理性によって。思想によって。信念のために。それは少し宗教じみているけれど……  自覚する以上の幸せなどは要らなかった。社会が例に出して、やがて規範となったようなシアワセは俺には合わなかった。あれは搾取にも似ていたし、効率的でもあったかも知れない。何より本当にそれがシアワセだと思っている人間がいて、そう刷り込まれているのなら目覚めないのもまた幸せではなかろうか。  彼と出会ってしまったのは誤算だった。神がいたなら俺を嫌っているに違いない。そして俺で遊んでいる。魅惑魔法(テンプテーション)にかかった俺は、おそらく瞳にハート型を切り抜いて彼を追っている。俺は趣味が悪いらしい。背の低い、筋肉質で、特別美男子というわけでもない、歯並びも縹緻(きりょう)も頭も悪い。そういう男を、俺が好きになるはずはないのに。 「難しく考え過ぎるなよ」  彼の口癖だった。  呪いにかかった俺はこの世のくだらなさを忘れて一心不乱に求愛する。そしてそれが叶って、交際に至る。おとぎ話ならここで終わる。いつまでも幸せに暮らしてめでたし、めでたし、だ。あれらは交際だの結婚だのをゴールにしているが、現実では人生の通過点でしかなくて、次のフェーズに入ったとしてもそのスタート地点だ。 「知恵熱、出ちゃうぞ」  単純で、自己肯定感が高いだけ他者にも寛容な彼を、もしかしたら冷静な隠された俺が、傍に置くよう求めたのかも知れない。  形のあるものはいつか壊れて、生きているものはいずれ死ぬ。オワリのないものは数字だけ。だから美しいだなんて思わないし、オワルことに価値があることも否定はできない。用意された逃げ道はむしろ慈悲ですらある。  愛があればなんでもできるなんて嘘だ。他者と比べるようになって、惨めになるだけ。彼に似合うのはこんな根暗で陰気で内向的な男じゃない。  腹も膨らまない詩ばかりが浮かぶようになるだけ。知らなくてよかった俺を曝け出して、もう虚勢も張れなくなって、醜く生きることになるのだろう。 *** 2022.12.9

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