84 / 178
灰燼と朝靄 ※
monogatary.comからの転載。
お題「丑三つ時に読みたい物語」
***
夜中に喉の渇きで目が覚め、ベッドから出て水を求める。ふと玄関の前を通ると、一点、ドアスコープと目が合った。誰かいる。そんな気がする。少し怖いけれど……
もし霊が居るとしたら、それは怖いものだろうか?もし霊が居るとしたら、それは怨みのみによる存在理由なのだろうか?もし霊が居るとしたら……
俺が霊なら、遺してしまった想い人のところに現れたい。
俺はドアスコープに吸い寄せられていた。誰かいる。思い当たる節はあるにはある。2つほど。いいや、1人とひとつ。けれど俺の主義からいえば、後者のほうだ。俺は見た目がいいらしい。だから中学高校大学生と、たまに不審者に追われることがある。きっとそれだ。手紙や贈物で済んでいたものが、今度は白刃をお見舞いされるというわけだ。気を付けろとは、親や学校や警察から再三言われていたくせに。無防備じゃないのか、お前も悪い。女性はそう言われるらしいとは姉から聞いたことがある。俺の場合は確かにそうだ。何故ならお高くとまって、驕り高ぶって、まるでエサみたいにして彼を牽制した。自分を高嶺の花みたいに装った。俺は青いだけが取り柄の負けたオス孔雀。
ドアスコープを覗く。そこには人影があった。白いワンピースの女が長い黒髪を前に垂らしていた?いいや、そこには彼がいた。血塗 れで死んでいった彼が、血痕のひとつもつけず、砕けた頭もなく、あの別れの日が突然訪れる前までの姿でそこに立っている。死霊にも表情があるのは、俺の強い願望が為せる業なのか、はたまた本当に笑っているのか。いつものように。いつものように?昔のように。過去形なんだ、もう。
戻ってきてくれた彼を中に入れたくなった。いい。生きていなくても、肉体がなくても。俺は―
鍵を外す。チェーンロックも外す。ノブに手を掛け、力を込める。けれどそのとき不思議なことが起こった。姿形は見えないけれど、俺の手は掴まれている。ノブを捻るのを、止められている。振り返りそうだった。ダメだよ、と夢で聞いたばかりの声が耳元で聞こえて、そんなわけはなかった。彼は俺より背が低いのに。開けちゃダメだ、と、これは俺の躊躇なのだろうか。いいや、きっと彼は2ついて、俺とずっといたのに、ただ俺の危機意識が、俺を誘う彼ばかりを見ていた。
俺を彼なりに思い遣ってくれているほうの彼を見ないふりして。
早朝に喉が痛んで目を覚まして、まだ生きている肌寒さに少し泣く。
***
2022.12.11
ともだちにシェアしよう!