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Rabbit habit ※
monogatary.comからの転載。
お題「兎」
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鳴かない動物というのは不安になるものだ。昔死なせてしまったのも、確か鳴かない動物だった。
ウサギは鳴かない。けれど俺は、ウサギの鳴き声を聞いたことがある。
鳴かない動物は嫌いだ。静かなものが嫌いなんだ。
いつのまにかいなくなって、意識からも記憶からも消えていく。
「痛いよ」
彼の一言に目が覚める。いいや、目は覚めていた。ただ俺は悪癖に耽っていた。
考え事が過ぎると、我を忘れて力強く抱き締めてしまう。
「すまない」
「いいケド。だいじょぶか?難しいコト?」
一緒に暮らすなら、一緒になるなら、静かな相手は落ち着かない。何でもかんでも思いついたことを口に出して、後先なんて考えなくていい。不毛なことでも、雑談でも、何でもいい。黙っているな。静かにするな。一緒にいるなら少し口喧しい相手がいい。
「大丈夫だ。少し考え事をしていただけだから」
彼が観ていたテレビに映るウサギに、俺は罪の意識に苛まれる。ウサギは鳴かない。しかし俺はウサギの鳴き声を知っていた。思い出すたびに叫び出しそうになる。髪を掻き乱して、頭を抱えて、すまなさに耐えられなくなる。
「ツラそうだったぜ」
「悪い夢さ」
ざらざらした彼の日焼けして傷んだ髪に落ち着く。俺は現在を生きている。小学時代の、そろそろ自ら時効と言い出して、終わってもいい話だというのに。
「オマエは何も話してくんないのな」
「つまらないだろう?悪夢の話なんて……」
「そうじゃなくてよ」
怖い。俺は悪いやつだ。もう何も愛でたりしない。俺に何かを愛せる能なんてなかった。俺に何かを愛せる器なんてなかった。
「別れようか」
あれから考えた。過 る不安をいちいち決着させなければ、また新たな不安を呼び寄せる。俺は怖い。予期しない不幸よりも、自ら選択した不幸のほうがまだ受け容れられる。俺は甘い。俺は酷い。
相手に受け容れさせて、自分は傷付きたくない。
彼は驚いた顔をする。当たり前だ。俺がどれだけアタックしたのか身を以って知っているのだから。
「いい……ケド、なんで?他に好きな人でもできたん?」
「違う」
「よく分からんケド、分かったよ。別れるか。合わなかったかな?オレ」
喜怒哀楽が激しくて、感情をそのまま表してくる。それでも彼の泣きだす顔は初めてみた。
「今まであんがと」
彼は静かに泣く。意外にも。
俺は悪いやつだ。治ることのない悪いやつだ。ひとりでいても、きっとまた思い出すくせに。
***
2023.1.5
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