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リンボの迷子 ※
monogatary.comからの転載。
お題「机の下に隠れて君は、」
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放課後の静かになった教室で、本を読むのが好きだった。グラウンドに響く運動部の掛け声や、吹奏楽部の演奏をどこか他人事に、のんびり本を読むのが落ち着くのだ。図書館では静か過ぎたし、あまり気に入っていない。さっきまでは賑やかだった教室が静かになるというところも切なさがあって、いいのかもしれないな。
読書にはコーヒーらしいが、マグにしろ缶にしろ溢しそうだ。ただ玄関前にある自動販売機の少し甘い野菜ジュースは読書のお供に丁度いい。
廊下を歩きながら買ったばかりのジュースにストローを挿す。最初は左手が分厚い文庫本が段々と右に分厚くなっていくのも、硬かった表紙が柔らかくなっていくのも、店員さんに掛けてもらったブックカバーが擦り切れて毛羽立っていくのもなんだか趣がある。今日はどこまで読もうか、あの続きはどうなるのか、楽しみが膨らむ。なんて、なんだか現実に飽きてるみたいだ。
教室に戻ると、他には誰もいなかったはずなのに、並んでいる机のひとつの下から気配があった。多分本能なんだろうな。索敵というか、何というか。3つの点があれば人と認識してしまう、みたいな。自然に吸い寄せられた。
俺は関わりがなくても人の顔と名前は覚えておくタイプなのだけれど、彼はこのクラスの生徒じゃないし、見覚えもない顔。なんだか、多分、学年も違う気がする。
たまに盗難騒ぎがあるから、まさかそれではなかろうか。
「君は誰?何をしているの?どこのクラスの子?」
まだあどけない顔で彼は俺を見つめている。立て続けに質問しすぎだろうか。
「先輩を、待ってて……」
「先輩?」
「1年は、こうしてなきゃ、ダメなんすよ。こうして待ってなきゃ、レギュラーになれないって……」
身を縮めて机の下に入り込み、椅子の座面を目の先鼻の先にして待つという光景は奇妙に映る。
なんだか……危うくて、不安を煽る感じだ。ぞわぞわと総毛立って悍ましい感じなのだ。
だって多分、あそこに"先輩"が座るわけでしょう。ここは職員室から一番遠い教室だしさ。
「じゃあ、言っておくよ。こんなことはやめなさいって。君たちの先輩に。だから帰りな」
机の下の彼の目が大きくなって、それから泳ぐ。
支配欲と優越感は"変な気"と似ていて、俺たちなんてまだ青臭さの中でしか生きられないのに、業でいっぱいだよ。
「帰れないんす」
そう言ったのに、あの子はいつの間にか消えてしまった。
ふと校庭を振り返ってみる。活動的な姿が点々と目に入った。
―部活の上級生の"暴行"を苦にしてここから飛び降りた下級生がいたらしい。俺たちが入る数年前に。
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2023.2.1
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