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いつかの灯火 ※
monogataryからの転載。
お題「こたつから通じる異世界」
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マッチ売りの少女の絵本を昔読んでもらったときに、妙な切なさを覚えたものだ。胸糞悪い印象がなかったのは、彼女が死によって極寒から解放されて、あの絵本の世界観 にはある天国とやらに行けた分かりづらいハッピーエンドだったからか。死して得られるシアワセだなんて、あの頃の俺に分かるはずもなくて。
隣から伸びている手を握ってみる。俺の手の下から、少し汗ばんだのは逃げてしまった。彼はこたつにすっぽり収まって、丸くなっている。はじめは元気な柴犬みたいだと思っていたけれども、段々とその剽軽さといい身軽さといい奔放さといい、最近はネコに見えてきた。
微かに鼾混じりの寝息を聞いていると、俺も眠くなる。夜に寝られなくなるからそれはいけない。いけないはずだ。
暑さは怒りに似ていて、寒さは哀しみに似ていて、温もりは幸せに似ていると昔聞いたことがある。こたつはまさに、俺にとって幸せの象徴だった。家族仲は悪くなくて、特別裕福で富豪ということはなかったけれど、着るにも食うにも困らなかった。食卓で、勉強の場で、年末年始を思い出させる。今も、彼と2人で足をぶつけ合ってこたつで温 ついている。
気付けば俺は家具屋にいた。違う。俺は我に帰った。寒がりの俺は厚着をして、店内の暖かさに蒸されている。頬が疼くほど温 まっている。
新生活を模した展示にも、小型のこたつが置かれていた。
眩しく映るのはパーテーションでできた壁が白いからか。家具も新しくて。未来を思わせるからか?
俺にもああいう時期があって、思いもよらない出来事があって、それから――……
記憶はどれも優しいことに、あの頃の俺は気が付かなくて、彼女に襲いかかる結末に悲劇を感じていたけれど。
俺は湯たんぽを買って帰る。熱湯を入れて4時間は保 つ。悪くない。
暖かかった店の外はさっきよりも寒い気がして、変な心地がする。
ああ寒さは哀しみに似ているんだといつか実感していたのは俺じゃないかと。
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2023.2.2
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