96 / 178

濡月霞み ※

monogatary.comからの転載。 お題「月の裏側」 ***    俺には悪い癖がある。自覚はあるがやめられない。好きな人がかわいい。かわいくてかわいくて、もっとかわいいところがみたくて、いじめたくなる。かわいいと思っていながら痛めつけたくなるのだから俺もろくでなしだ。  人は彼を太陽みたいだという。たんぽぽだ、ひまわりだ、野原を駆け回る豆柴だと。俺には月に見える。満月に。彼の少し色素の薄いアンバーの瞳は、月だと思う。  俺と彼は、太陽と月だと言われることがある。そんなことはない。彼は月だ。あの真ん丸な目の裏側から涙が滲んで泣き濡れたら、俺は興奮してしまう……  彼をどうにかしたい!舐めて噛み千切って、食い散らかしたくなってしまう!  けれど俺は、ヒトが食いたいわけではない。彼を食べたいわけではない。たまに指や肩、舌、唇、耳朶なんかを噛んだりはしてみるけれど、決して傷を付けたいわけではない。ただかわいいところをみたいだけなんだ。怖がって、痛がって、嫌がる姿も声もかわいいから。  静かにしてるのに華があることを月というのなら、それは俺ではなく、まさに彼だと思う。  皆の前では明るく、にぎやかに喋り、誰にでも笑顔を振りまいて、頭の悪いふりをするけれど本当の彼は違う。俺が怖くて俺が嫌で俺に怯えて、人目につかないところで、声もなく泣いている。  そういうところも、夜は煌々としているくせに昼間に忍んでいるみたいで、月みたいじゃないか?  好きな人が笑ってくれていたら、シアワセなら、それで満足で、他者を好くとか愛するとかいうのはそう定義される。  甘たるい幻想で、安っぽい建前だ。人には人なりの独り善がりの強欲がある。それが背負わされた個人の葛藤(カルマ)のはずだ。  悪怯れはしない。弁解もしない。俺こそ太陽みたいじゃないか?真夏の。あらゆる光線で君を灼く。  逃げられない。どこにいても君を見つけて炙る。  俺に冷たくされて隠れて泣いている彼を見つけた。蹲って、可哀想に。  その藁みたいな髪を引っ張ってやりたい衝動に駆られる。手を伸ばした。けれど横から阻まれる。 「コイツいじめるの、やめてくんね?」  月は雲に隠れられる。太陽も雲に隠される。だからこういうことも起こり得る。たまには雨も降らないとだろう?  けれど、月は太陽から逃げられない。  太陽は君を輝かせるけれど、雲が勝手にその光を遮るだけなんだ。  また泣きだして、君は本当にかわいいな。 *** 2023.2.2

ともだちにシェアしよう!