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不純の白 ※
monogatary.comからの転載。
お題「赤い池」
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女に産まれただけで堕ちる地獄があるという。女憎しなんだろうな、と思った。触れ回ったのは男なのか女なのか。ときたま女の敵は女と聞くこともある。
それはそれとしても嘘だと思う。女を擁護したいわけではない。そんな産まれながらの物事についてあれこれ言うのなら、よくも親世代は賭け事をしたと思う。子を成さないなら成さないで堕ちる地獄もあるというから、自分等の地獄行きを免れるために子を成したのかと呆れもする。考え方が今とは違うのかもしれないけれど。親は子を愛するのは当然だという。義務だという考え方とは。
それはそれとしても、元の話は血が不浄ということだったはずだ。俺は女性専用血の池地獄には落ちないかもしれないけれど、俺も地獄行きには間違いないのだろうな。当時の正しさによって、世直しでも目論みたかったのだとしたら。俺は同性を恋い慕い、それはとにかく彼の流す血に惹かれたのだから。恐ろしくなった。地獄に堕ちることが?いいや、敬虔な信者でない俺が常に地獄という概念を念頭に置いているはずはない。
俺の隣には片想い相手。小さな悲鳴とともに横を見遣れば、デスクが一面赤く染まっていた。広げていたA3サイズのコピー用紙も汚れている。それは分かる。だが何が起こったのかは理解が追いついていなかった。隣の彼が、急に立ち上がっていたのも時間差で椅子の軋みが耳にやってくる。彼は鼻に手を当てて、少し無骨で短ち、空きがちな指の狭間から赤いものが滴り落ちていた。
俺は呆然として彼の指と、デスクの上の血溜まりを見詰めていた。
「ヤベぇ……ごめん」
剽軽な彼の少し低い口振りが動揺をうかがわせるのに、俺はすぐに動けなかった。ティッシュの箱やゴミ箱を持って周りから人が集まってくる。俺は隣にいながらそれを眺めてばかりで何もできなかった。立てなかった。腹の辺りに何か熱いものが集まってくる感じがした。俺の血潮だ。
俺は世間の男体とは違うみたいだった。外部構造は確かに男で、背丈も平均を上回った。声だって高くない。外貌で性別を間違えられたこともない。同性を好きになった点も、まだ後ろめたさはあるけれど、時代的にはおかしくないはずで。ただ、内容が、つまり身体の内側について問題を抱えていた。なのに、これか、と思うものが今、やってきた。
彼の鼻血の中に透ける印字を凝らして、俺はこの血の池地獄にこそ堕ちたいと思いながら、遅すぎたオトナになったらしい。
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2023.3.27
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