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融ける淡紅 ※
monogatary.comからの転載。
お題「桜雨」
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季節の変わり目なのか、天気が安定しない。寒い日が続いたのは季節として不思議はなかった。けれど雨が降ったかと思うと急に気温が上がり、そのあとまた雨が降って下がる。雨模様が続いて、今年は桜を観には行かなかったと思った。もう少ししたら、もう少し先が、と考えていると雨で落ちて、後回しに後回し、先延ばしにしたつもりはないのに。
早くに行くと予定を立てておくべきだった。まるで人生。俺の。
けれど、予想に反して桜は残っていた。雨が上がって曇りの日、俺は予定どおり、桜を観に土手を歩いた。湿った風が柔らかく吹いて、花びらが舞っている。桜は綺麗だった。よくあの雨風と温度差に耐えたと思った。この様を綺麗に、立派に、美しいと思うのは俺の身体を流れる血潮、国民性かとも思った。俺にとっては見知った、青並木でも通りかかる散歩道だけれど、この時期に限ってはちらほらいるカップルが目新しい。水雨 が止めば、今度は桜雨 が目立つ。先を歩くカップルが桜の花びらの中に巻き込まれていく。俺も2人並べたら。後ろから来る人にも気付かず。けれど俺は一人。曇天を背景に空まで伸びようとする様を捉える。身の程知らずだ。この薄紅色は雲にはなれない。雲になれないこいつ等は桜で、上に還れず、下に還る。散ったら最後。あとは踏まれ、朽ち果てて、土に還る。俺たちみたいに。いいや、俺たちは骨にされて壺に収まる。土には往かない。焼かれて空へ広がってはいくけれど。
彼もそうだった。彼も……彼の骨壷も、桜の絵だった。黒地にしようと思ったけれど、畏まったのは彼らしくなくて、白にしたのだった。ピンクのプリントが透けなくて良かったと思う。五弁花揃った花が2つと、あとは舞い散る花びら。金色が謎の曲線を描いて、あれは雰囲気か、何かのメタファーか。
失ってから気付いてごめんな。散る時にばかりありがたがってすまなかった。
彼を桜みたいだと思ったことはなかったのに。そんな可憐さはなくて、そんな儚さもなかった。小柄だけど、元気で、おおらかだった。文字どおりの花より団子を選びながら、意外とロマンチストな……
曇り空からわずかに日の光が朧く現れて、シャッターチャンスだと思った。カメラを構える。桜の幕の奥、雲を隔て、光が透ける。俺の指に桜の雨粒がぶつかって、俺はシャッターを切った。
あれよこれよと迷いがちな俺の背中を押してくれる彼みたいだった。
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2023.3.27
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