104 / 178

朗らかな目theめ ※

monogatary.comからの転載。 お題「春だから」 ***  春眠暁を覚えずというから、春といえば眠りだと思う。朝のわずかな寒さと布団の温かさ。これが堪らない…… ……という世界線に生きていればなお幸せだったことだろう。いかんせん、俺の生きている世界には花粉症というものがある。  くしゃみ、鼻炎、目の痒みが止まらない。鼻詰まりか垂れ流しで、鼻周りはティッシュで擦り切れているし、目は開かない。  酷いときには倦怠感を起こすほど、俺の身体は花粉に弱い。 「……っくし、くしゅんっ」 「声久々に聞いた気がすんな」  きゃっきゃ笑ってる彼は花粉症持ちではないらしい。インフルエンザには必ず罹るくせ、こういうところではなかなかしぶとい。いいことだ。 「そんなわけあるか」  喋ると鼻声になっている。 「無口だし、オマエ」  彼は愉快そうだ。俺のくしゃみがそんな面白いのか。  ピピピピ……  このタイミングで、体温計が鳴る。もしかしたら風邪なのではないかと思ったが熱はない。 「具合悪いん?」  鼻を擤みすぎて起こる頭痛ももはや錯覚なのかも知れない。 「いいや。熱はない」 「そうじゃなくてよ」  笑っていたのが急に険しくなって忙しいことだ。それが"いい"のだけれども。だからつまり、表情豊かなところが。気が休まる。俺は人間関係の、しなくていい深読みに勝手に疲れてしまうから。衝動的でタイムリー、テニスのラリーのようなやり取りに、乱世の駆け引きめいた含蓄を見出すなんてロマンティックすぎやしないか。それは分かっているけれど。 「涙目かわいいんだな、意外と」 「やめてくれ」  花粉の季節、大体春は目が涙ぐむ。 「オレを守るって言ってコクってくれたじゃん」  言った。けれど頷きたくない。恥ずかしいぞ。その口説き文句が効いたなら悔いはないが…… 「守られてやるよって付き合ったじゃん?でもなんか、春はオレが守りたくなるな~ってよ」  顔が熱くなった。守られるとか、俺はそういうガラじゃない。いや、それを言うなら彼も守られるようなガラではないけれど。守る守られるというのが何なのか分からないまま、でもたいそうすごいことだと思っていた。 「目が痒い」  目元を拭う。鼻が鳴ってしまうのが下品だった。 「ちょっと変なキブンになった。春だからかな?」  俺は鼻を擤んでティッシュを折り畳む。彼の目が、それを八つ折りにしていく手を見詰めた。ゴミ箱はこれが折り重なっている。少し異様な感じがした。彼の蕩けた目も。 「春だからな」  俺たちは動物なのだ。春に元気になるのさ。 *** 2023.4.4

ともだちにシェアしよう!