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レクイエ夢の温もり ※

monogatary.comからの転載。 お題「もうダメかもしれない…」 ***  隣の影がこっくり船を漕いでるな……とは思った。  校外学習とでもいうのか、今日は午前のみ通常授業で昼食後に昼休みカットで午後は市民ホールに移動して、クラシック音楽の鑑賞会。そして現地解散という日程。  いつもとは違う日程に少し興奮するわけだ。まぁ、確かに家によっては高校から帰るより近かったりするわけだが。終わる時間も通常授業より早いわけで。部活がある場合、部の方針次第では二度手間になるわけだけれども。  心地良く響くクラシック音楽を聴きながら、俺は楽器を眺めていた。時には曲調から世界観というかイメージが湧いたり、運動会と馴染み深いものには思い出を振り返ったりなんかしていた。けれど、次第に視界の横で動いているものが気になった。見遣れば、隣に座っているヤツが頭を揺らして寝かけている。  クラシックには興味が無さそうな、情緒に疎げなヤツではある。とはいえ、このクラシックの調(しらべ)によって眠気を催したのかもしれなかった。俺は眠くはならなかったけれど。気にしないでいた。が、そのうち肩にぶつかるものがあって、ここまで傾けば大概目を覚ますだろうに、隣のヤツはそのままの体勢でいた。自分のこの状況を分かってやっているのだとしたら、なかなかの強者だ。  気付かせてやろうと頭に乗っかられている肩を動かしてみた。 「んあ………ごめ、」  楽器の音に紛れながらも小さく詫びの声が聞こえて、頭は引き潮みたいだった。そして3分も経たないうちに、また隣のヤツの頭が俺の肩に乗った。 「おい」 「んも……ダメ、かも………」  何が?と思った。多分眠気が。寝言か?夢の中にいるわけか。  別に体重をかけられているわけではないから、頭1つ分程度で重くはないが、多少の違和感はある。一時期使っていたが髪質が合わずにやめてしまった安いシャンプーの柑橘類みたいな匂いが届く。何故野郎に肩を貸しているのだか。   ――そんな日もあった。  通りかかった道の近くで爆発事故だなんて聞いていない。あの日とは反対に、今度は俺がヤツの肩を借りた。 「もうダメかも、な」  ヤツに怪我が無さそうなのがまぁまぁの救いというもので。冗談ひとつ言ってみれば、ヤツの状況が分かる。 「バカなコト言うなよ。大丈夫だから!絶対、大丈夫だから!」  片方の目と耳はまだかろうじて生きていた。ヤツを庇ったつもりで庇われていたのかもしれない。 「何の夢、みてたんだろうな」  恋人の手を握って、今度は俺が眠った。 *** 2023.4.14

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