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耐冬の曼荼羅花 ※

monogatary.comからの転載。 お題「椿」 ***    いつの間にか初夏の雰囲気だった。まだ春の気でいたのに。  桜の薄紅色が目を惹く季節から、いつの間にかそれを花水木が担っている。けれど俺の春は椿だと思う。赤でも白でもない、ピンク色の。大振りで、何枚も花びらを重ねた様はゴスロリから派生したファンシーなドレスみたいだと思う。いいや、ああいうのが好きなわけではないけれど。  気が付けば、心地良さを通り越してきている陽だまり。桜は花を落として、赤みがかった枝も青くなっていた。花水木は白、濃いピンク、パステルピンクといった感じで、有名な曲もあるからか、まあ、華やかだと思う。  俺の気持ちもそろそろシフトしていってもいいと思うんだが……  けれど俺の気持ちはまだ椿にある。かろうじてまだ咲いているのもある。ただほとんどは花を咲かせても朽ちていた。今、目の前にあるのも。茶色くなって、艶々して健やかそうな葉と葉の間に挟まって、目を凝らさなければ分からないくらいに腐っていた。触るのは躊躇われて、硬い葉越しに掬ってみた。  椿は顔面から落ちる。アスファルトに顔を擦り付けて、赤も白もピンクも。それが悲しい。不吉とは思われない。ただ、悲しいのだ。悲しいというほどはっきりしていないかもしれない。そう、切ない。これか。妙にしんみりとして。  桜に感情移入すべきだ。散り際でさえも見上げていられるから。椿は大振りに咲いて、終わりも一瞬で済む。顔面を擦り付けて、俯せで。秋冬の花が品種改良で、この季節まで生き延びてしまった。春の花々は手強いのに。  周りが瑞々しくなる頃に枯れていく。  嫌なことを思い出す。  やっと沈静化した。清浄化された。俺は諸悪の根源を討ち取って、爆発的に蔓延した活屍病を無くした。小鳥の囀りを耳に入れる余裕も、花々に水をくれるゆとりも、穏やかさを取り戻した日々の暮らしに浸っていていいはずなんだ。    椿なんか嫌いだ。頭から落ちて、顔面を潰して、俯せで、そのまま為す(すべ)もなく、あとは腐るだけ。見舞品にそぐわないのも頷ける。  悲しくなるな、哀しくなるな。謳歌すべきなんだ、"生"を。  彼の分まで……俺が手に掛けた。感染していたから。  椿みたいだった。赤くて。でもピンクの。白も見えなかったか?斧で()ち割った。  忘れないとな。そろそろ。  湿った風が吹く。土と埃の仄かな匂いがした。雨がぽつぽつ頬に落ちて、椿の葉は(はじ)いて、なのに空は明るくて、もう夏の翳りが差しているのだな。 *** 2023.4.14

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