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カーブミラーのその先 ※

monogatary.comからの転載。 お題「別れ道」 ***  錆びて少し折れたようなかっこうのカーブミラーで彼とはそれぞれの家路に分かれる。  楽しい時間のほうが短くて、孤独の時間は長いというけれど、最近少し、懐疑的になっている。  1人で帰るときはイヤホンを入れて音楽を聴きながら考えごとをしているから、暇を持て余したり不安を抱えた孤独とはまた違うのかも知れないが無心になっている分、あれこれ話す彼との帰り道のほうが長く感じられる。  ああ、これを"充実"というのかも知れない。感覚がまた定義されていく。  クラスは同じで、席は少し遠い。付き合っているのだから2人で過ごせばいいけれど、いかんせん、人には性分と、そこに連なる(しがらみ)があるはずだ。いいや、そんな堅い言い方は要らない。人付き合いが。そしてそれは、似た気質の者たちで行われることが(ほとん)ど。  人の営みとは意外というのか、いやいや真っ当だとでもいうのか、似たような連中と遊び、反対の性格に惹かれたりもする。  彼には彼の付き合いがあって、高校生活というのは枠があって、(しがらみ)というのも濃くて、義務教育ではないけれど、世間的には義務教育に等しくなってもいて、着実に大人に近付いてはいるけれどまだ子供でもある微妙な頃合いで、けれども儚くて、世間は広いんだろうな、社会は広くて、この国は地図で見るより大きくて、世界はさらに巨大で、宇宙規模でみるより地球は圧倒的に大きいのだろうと分かっていながら、狭いなりに唯一のセカイを生きているわけだ。 ……だからつまりは、彼には彼なりの学校生活があるから、放課後になってから俺は俺なりに絡むぞ、という話だ。 「購買で新しくイチゴドーナツが増えたんだケドよ、それが―」  彼が一生懸命話しているのを聞きながら、季節替わりの風に吹かれるのが好きだった。田舎の肥やし臭さがいつか恋しくなるのだろう。都会生活になるにせよ、田舎で車生活になるにせよ。 「そんときにさ、ソイツがぁ―」  俺の目の前にはあのくねったカーブミラー。いつもあそこで別れることに頭がいっぱいになる。  よく喋る彼と、日中(だんま)りな俺では声帯のタフさが違う。彼は喋り続けて、俺は相槌をうつ。 「どしたん?具合悪いん?」 「いいや。もうそろそろで、バイバイだなって、思って」  俺は素直に打ち明けてみることにした。彼は妙な顔をするけれど、白い歯を見せて笑う。 「なんだそりゃ」  交際はしているけれど、毎日下校デート権を獲得したようなものだから、それはそれで不満はないが、人の欲望にはキリがない。 「ってか、バカ正直にショートカットするからだよな。遠回りすりゃいいんだよ。明日から裏門から帰んべ」  本当の別れ道なんて人には見えないものだ。  俺はうたた寝から覚めた。ふと懐かしい夢をみた。昔というものは甘やかに優しく語りかけてくる。現在に不満があるわけではないのに。  人は変わっていくものだ。別れ道が来ないよう、あの手この手を使うこともある。  望んだカタチからも遠ざかっていたと知らずに。またそれこそが幸せだとも気付かずに。 *** 2023.6.12

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