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天蚕糸の日々 ※
monogatary.comからの転載。
お題「扉を2回ノックされたら終わり」
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何故こんなことになっているのか分からなかった。張り詰めた糸に刃物を当てるように、ぷつりと日常が変 わることもあるらしい。
刃物を持った怪物が俺たち生徒一人ひとりを殺そうとしていた。あれは人間か、はたまた本当に、比喩でもなく怪物なのだろうか。正気の人間があんなことできるのか?ああ、俺が狂気の中に呑まれているのかもしれない。でなければ、あんなことはできない。出会い頭に人を切り付けていくなんて……
俺は傍にいたやつを部屋に引き摺り込むので精一杯だった。腕と脇腹を切り付けられて、彼は痛みに呻いていた。虫の息に思えたが、意識はある。シャツを引き裂いて手当てをしたけれど、いかんせん設備と道具も整っていないところで、医学的知識もない俺がやれることなど限られている。
一体あいつは何者なのか。刃物の一振りが、こんな重傷を負わせられるのか……
警察、救急に連絡しようとしてみるけれど繋がらない。手の震えで上手く操作ができないこともある。寒くはないはずなのに。
「だいじょぶか?」
締め上げた俺のシャツの端切れを真っ赤に染めて、彼は声をかけてきた。怪我人に心配されては立つ瀬がない。
俺はハンカチで彼の汗を拭いながら、声を殺してまた電話をかける。
しかし考えが変わった。
部屋の外からは、叫びと呻めき。この部屋に来るのも時間の問題ではなかろうか?そしてそれは警察や救急の到着より早かろう。まずは身の安全を確保しなければならなかった。バリケードを作る前に、近くの重い木の机を引っ張って、彼を隠した。それから扉周りに机や棚を引っ張ってくる必要がある。これは賭けだった。俺のバリケード設置とあの刃物男の襲撃。どちらが速いか…
けれど足音が近付いてきていた。バリケードは築けないと俺の頭はすでに計算が済んでいた。あとは死を待つのみらしい。けれど絶望できず抗い、希望を求めてしまうのが人の業。期待してしまう。活路を。
扉がノックされる。行儀のいいことだ。まるで面接だ。
ノブが回る。しかし鍵を掛けてある。
それから扉に傷が入る。戦うしかない。
相手の刃物が扉に引っ掛かっていた。
部屋を見渡す。掃除用具入れにはモップが入っていた。そして汚れたゴム手袋と塒 を巻いたような針金の束。壁には剥がれかけのコンセント。
手荒いノックが2回1組またやってくる。
すぐそこに要救護の怪我人がいるということが、俺を冷静にさせた。
迷っている時間はない。
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イメージは某時計塔ゲーム
2023.5.2
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