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赤い首輪の金毛の犬 ※
monogatary.comからの転載。
お題「あるアルバイト」
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高額アルバイトに応募したのは、半ば投げやりだった。金に困っていたわけではないし、これしかやれないような身の上にあるわけでもない。
幼稚園受験から高校まで一貫校にいた。通っている大学も悪くないはずだ。
挫折はしたことがない。挑戦をしたことがないからかもしれない。だからか、折れたらもう、治り方を知らずにいる。
誰もが羨むレールは、ルート次第では鼻につくこともあるのだろう。或いは手前の進むレールを敷いてもらっている有様はあまりにも幼稚であると。手前で敷くべきなのだと。それをやっかみだと思わなくもなかったが、その考えがそもそも稚拙なのかも分からない。
家の言いなりの操り人形に人格は要らない。つまり鼻で嗤われ、後ろ指を差され、嘲笑を浴びせられたところで反発の意思を持つのは間違いであり、プログラムされていないことで、エラーなのだ。
何にうんざりしたのかはもう忘れた。つまらない、記号的で教科書的で、自我のないやつだとフられたことだろうか。ヤケ酒というものの気持ち良さを知ってはもう利口なトロッコではいられない。
俺は夜の街でこのアルバイトのことを知った。酒臭さの中で覚えていた。
指定された場所でシルバーのワンボックスカーに拾われ、降りたのは山の中。そこがどこの山なのかは分からない。多分に時間を狂わせて、意外と近所ということはあるかもしれない。
車のヘッドライトを頼りに、土を掘る。横幅はそう大きくなかったが、深さはそれなりだ。こんなところで、陥穽を作るのでもあるまい。
穴掘りを止められて、車から大きな袋が取り出された。2mはなかろう。しかし大きい。横長で、両端はガムテープで巻いてある。それが目の前で剥かれていく。中には人が入っていた。両手両足を縛られ、意識はない。死んでいるのかも知れなかった。俺と同じくらいの若い男は見ようによっては少年に思えないこともない。
俺の過ごしてきたレールの外側には、俺とそう変わらなげな若者が、何かをやってこのように始末されるのだろう。生まれたときからこうなることが宿命づけられていたのだろうか。
土を掛けろと指示がきて、俺は穴に放り込まれた青年を埋めにかかった。それから途中で、大型犬の死骸も放り込まれる。こうやって誤魔化すらしい。ゴールデンレトリーバーか。赤い首輪が見えた。
仕事を終えた翌日、俺は迷い犬に絡まれた。赤い首輪の金毛の大型犬。
日常に戻ろうとした俺の意思が打ち砕かれる。
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2023.5.2
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