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果ての圏外 ※
monogatary.comからの転載。
お題「連絡が取れない」
***
インターホンが鳴ったために、訪問者に応じると、横柄な態度で玄関口を塞がれた。
「こんちゃ~」
ふざけた身形 のチャラチャラした男は、郵便配達員でも放送局の徴収員でも乳製品の訪問販売員でもなさそうだった。ちなみにそのアホ面に覚えはある。
「何の用だ」
ヤツは人をバカにするようにガムを膨らませる。下唇に張り付かせ、舌で器用に回収する。
「ボクのワンコろりんと連絡取れねンだけど、なんか知らん?」
ちゃらちゃらとピアスが夕陽に光って俺の網膜を灼きにかかる。
「知らん。俺は犬は飼ってない」
閉めようとしたが、小石みたいな指輪を嵌めた手に阻まれる。
「GPSがここ指してんのよ。なんか知らん?もしかして山に埋めちゃった?」
ヤツは無邪気に笑っている。
「GPS……」
「そ。カレシだから。こういうふうに、ひとのカレシ監禁しちゃうやべぇやつもいるからね?役に立ったじゃん」
ヤツはわざと、ガムの咀嚼音をたてた。汚らしい音を聞かされる。扉との間に肩を割り込ませ、今度は棒キャンディのフィルムを剥いていた。ガムを噛みながら。随分な甘党だと思ったのも束の間、水色の飴玉が俺の口腔を突き刺した。前歯に衝突し、破片が舌の上に飛び散った。
「刃物じゃなくてよかったじゃん?でもこれがナイフでもおかしくないことしてんの、あんた。お分かり?」
棒部分を持たれ、飴玉が俺の口の中を暴れる。
「脅迫か?」
「ううん。真っ当な対応。これ脅迫に感じちゃうの、何か後ろめたいんじゃない?」
ヤツはこういう態度で、彼にも手を上げたのだろうか。罵り、嘲り、追い詰めたのだろうか。
「帰ってくれ」
「無事だけ確認させてくれよ。客人だぜ?茶くらい出せよ」
俺は口の中にソーダ味を塗り込んだ。そして引っこ抜く。
「好きにしろ。荒らすなよ」
欠けた飴玉を、まだガムを汚らしく噛んでいるその口に返してやった。これが刃物なら、何とやら。
結局、ヤツは何も見つけられない。
「捜索願でも出せってか?」
「死んだよ。頭を強打したらしい。ここに逃げてきてすぐに、頭痛を訴えて嘔吐した。救急車を呼んだけれど、搬送されたときにはもう遅かった」
ヤツは青褪めていった。にやけた顔も凍りついている。思い当たる節があるんだろうな。
「返しておくよ、形見なんだろう」
彼のスマホを渡せば、ヤツの手から擦り抜けて床に落ちた。
「嘘だ」
「そうかもな」
バッテリーは赤。画面には俺からの着信通知。俺だって彼と連絡がつかないんだ。
***
2023.5.4
落とし所が分からなくなった。
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