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洞 ※
monogatary.comからの転載。
お題「ピュアな文字列」
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どこにいても一緒だよ。遠く離れていても心はひとつ。愛を信じて"君"を信じて永遠に忘れなくて輝いていて、泣かないで傍にいるから。どんなときも諦めない……
中身のない歌だと思った。イヤホンを外す。どういうつもりで書かれた詞なのだろう?何を歌っているか、どういう曲調かではなく、誰が歌っているかに価値があるのだろうか?確かにそうかも知れない。どれだけいい曲でも、知名度がなければ埋もれていくだけだ。興味を持たれることもなく。
中身のある歌は火種のもとだ。ありとあらゆる価値観、思想、考え方が蔓延って、違ければ徹底的に潰し、矯正し、啓蒙しなければ気が済まなかろう。少なくとも俺にもそういう傾向がある。
ロッカーならとにかく、アイドルなんかは尚更、オルゴール人形でいい。思想も主義も主張も持つべきでない。売れなくなるから。ファンと相反した考えを大っぴらにすることはリスキーだ。
とにかく中身がない。中身がないことにも気付かない輩が羨ましく思う。いいや、さすがに気付いていても目を瞑っているのだろう。そうに決まっている。何故なら誰が歌っているか、が重要だから。
小学校低学年の音楽の教科書で事足りる歌詞を何故作るのだろう?それは表現の自由だが、しかし、何故……
この世はどうしたって綺麗事と理想論だけではやっていけない。生臭いのだ、俺たちは。
出掛けていた恋人が帰ってきた。けれど彼の素振りが妙だった。俺を避けているみたいで、俺の顔を見るのも、顔を見せるのも嫌がっているように見えた。
急に掃除機をかけはじめて、俺はテレビを観ていたけれど、違和感が拭い去れなかった。そのうち、あの中身のない歌が聞こえてくる。テレビからではなかった。
前を向こう。きっといいことがある。走り出そう。頑張ればきっと光に手が届くから。心を開いて……
「どうしたんだ?」
声を掛けると、彼は掃除機の轟音に紛れ、口遊みながら泣いていた。
俺は掃除機の電源を切って、彼に問い詰める。
「さっき連絡があってさ……高校のときの友達が――……」
彼が乱暴にその目元を拭う前に、流れ落ちる涙を掬い取る。
友人に不幸があったらしい。彼はたどたどしく語った。友情に厚い彼には、それは大きなことなのだろう。
抱き締めてやることはできるけれど、彼の心に寄り添えるのは、俺ではないのだろう。そしてそれは気の利いた言い回しでも、世の真理でもなく、中身のないほどピュアな……
***
この話こそ中身が無くて泣いちゃった。
2023.5.26
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