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雨季の差し色 ※

monogatary.comからの転載。 お題「見えない空」 ***  男同士で何をやっているのか、というところに頓着のない人間がいる。  その大雑把さが、神経質で意固地なところのある俺には、俺の思う「男らしさ」だったりするから、たとえそいつがイチゴのおもちゃの付いた髪ゴムで前髪を結っていようと、バッグにちゃらちゃらマスコットを括り付けていても、俺より随分と背が低くても、傘が派手であろうと、俺より「男らしい」と思う。 「腕疲れた。持ってくんね?」  それはそうだ。10cm前後背の違う俺に合わせて、彼は傘を掲げている。 「すまない」 「頼むわ」  あちこちに青だの水色だの紫だの、赤だのピンクだのと紫陽花が咲いている。蒸れる季節がはじまる。隣からは清涼感のある匂いがした。カラフルなボトルの制汗剤の香りだった。このボトルのキャップを異性同性問わず、仲の良い奴等と交換するのが流行りらしい。連帯感というやつか。教室では臭いが、湿度が高いといくらか気が紛れる。 「お、解放感」  傘の柄を譲ってもらったことによって、俺もやっと背を伸ばすことができた。いくらか腰も痛い。彼も肩が疲れているだろう。この10cmほどの差からくる配慮というのはなかなかきついはずだ。やっと空が見え、前方も拓ける。赤地に白抜きの水玉模様という、いかにも女モノの傘から、無彩色の斑模様の空を見ると眩しく感じられた。 「いいよな~背が高いと」  あまり関わりがないけれども、傘に入っていけという彼はおそらくお人好しなのだろう。人と関わるのが苦手な俺は、羨まれるのも苦手だった。嫌味なのか、素直に受け取っていいのか分からなくなる。 「そ、そうか……?ありがとう」  俺が持ったことによって、傘の位置は高くなる。彼は雨に当たりやすくなってしまったが、傘を持っていたほうの肩を回している。 「……」 「……」  会話が続かない。 「傘、姉か妹さんのか?」 「ビニ傘盗まれっからさ~。ムカついて」  俺は鮮やかな柄を見上げた。 「あとフツーに、空が暇」 「え?」 「空が灰色で暇なんだよな。カラフルが好きなんだよ」  腕には確かに蛍光黄色のゴムバンドだの、ミサンガだのが巻かれ、シリコン製の腕時計は蛍光グリーン。靴もキツめの蛍光レッド。 「じゃ、オレ駅だから傘持ってけよ。徒歩だろ?」  俺は立ち尽くし、彼は何の頓着もなく去っていく。遠くなっていく彼の肩が濡れていた。  灰色の空の下を駆ける蛍光色が俺を射抜く。    底の深い大きな水溜まりに嵌ったかも知れない。 *** 世代がバレる 2023.6.7

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