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雨空に陰葬り ※
monogatary.comからの転載。
お題「折り畳み傘の忘れ物」
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雨だった。不思議なもので、空から水が落ちてくることに何の疑問も抱かなくなっていて、疑問は浮かばず当然とはしているけれど、面倒臭さには慣れない。
外にさえ出なければ趣すらあるというのに。
空から降ってくるものがたとえば火の粉だったなら、人間は繁栄できただろうか?
頼りない折り畳み傘に叩きつけられる雨粒の音を聞きながら、俺はアルバイトに向かっていった。
一昨日まではまだ今日の天気は曇りであったはずなのに、先延ばし癖は俺と同じか。傘は要るのか?要らないのか?要らないと判断して、急にその気になって結局要る。そういう優柔不断なところも。
小さな折り畳み傘では、リュックを守るべきか自分を覆うべきか分からなかった。どうせら淵から落ちてきた雨水に、袖もリュックも濡らされる。下半身はもう諦めている。靴だけは濡れないでくれ。
足を踏み出すたびに視界の端を揺蕩う傘のストラップの奥に見覚えのある人影が現れた。薄いブルーの華奢な傘。この時期は少し目の霞む感じが否めない。だから人違いかも知れなくて、俺の見ている幻想かも知れなかったけれど……
すれ違う。俺は立ち止まる。振り返る。それは相手もだった。視線が搗 ち合う。俺たちは知り合いではないが知り合いだったのだとこの時に知る。
父親が倒れたとかで、高校を辞めた同級生だ。同じクラスになったことはない。学科が違うが、同じ校舎だ。顔を合わせることはある。人の顔を覚えるのはどうにも得意だったらしい。
何かの機 みで聞いた噂だ。俺は彼に同情した。だから覚えている。まだ高校生の身で、家の柵 に搦め捕られて。
彼は何か言おうとした。けれど何事もなかったように言ってしまった。ただの偶然かもしれない。それかもしくは、互いに他人の空似を見つけたか。
人には人の柵がある。生き方が。同情していてはキリはないけれど……
……
『副葬品に折り畳み傘は――』
俺は彼の首元に白い紫陽花を添えた。カリフラワーみたいだった。
雨の日に彼と"知り合"い、雨の日に彼は亡くなった。
あの日のほんの偶然が、大きく膨らんでいった。まったく予期しないことだ。
……おまえがこんな早く、先に逝ってしまうことも。
偶然の産物だから脆いのだろうか?確固たるものではなかったから?
棺が征く。
俺はあの日と同じ黒い傘を刺して、あの日と同じ黒装束。今日はかっちりとしすぎだが……
揺蕩うストラップの奥にまた人影を探してしまう。
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読みは「かげおくり」
2023.6.12
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