123 / 178

小さなミナミノシマ ※

monogatary.comからの転載。 お題「前髪がキマらない」 ***  鏡を占領しているのがいる。髪を濡らしながら、試行錯誤している。後ろの髪はワックスで決めてあるのに、伸びた前髪は寝癖がついて誤魔化しも利かないらしい。  今から切ると毛が散らばって汚れるな。通学前の少し慌しい彼の感じが、平穏で嫌いじゃなかった。俺からするば。 「どうしよ~。助けて〜、ぬこヱもぉん」  彼はそうやって、俺を優秀な猫型ロボットに喩えて甘えてくる。悪くない朝だ。 「縛るのはどうだ。夏だし、涼しげだろう?」  俺は宝物を差し出した。物に溢れる今の時代、稼ごうと思えば起業もアルバイトもできるこの歳で、俺の宝物といえば女児用の髪ゴムなのだから笑われる。人によっては危険視されるな。 「何それ」  彼は俺の宝物を摘んでしげしげ眺める。黄色のゴム部分が経年劣化に耐えられず弱っていて頼りない。レモンの輪切りのチャームが付いている。 「忘れたのか。くれたのお前だぞ」  彼は喫茶店で出るようなレモンティーみたいな色の目を真ん丸くして不思議そうに俺を見た。 「う~ん。忘れた!ゴム切れてっし。輪ゴムでいいや!それならあったし」  彼はまた忙しく駆け回る。 「じゃ、行ってくンね!」  事が落ち着いたかと思うと、またどたばたと騒がしく玄関でやっている。 「気を付けろよ」  ジャムを塗った食パンを齧って、妙な出会いでもあると困るな。 「ほ~い」  嵐のような子だ。そこに爽やかな匂いを置いていく。あの頃と比べて、大人っぽくなった匂い。いやいや、俺たちは一応はもう大人のはずだ。 ……それが朝の出来事で、俺も忘れていた。 「髪ゴムねぇならやるよ。ゴム切れてっし、イミ無いべ」  彼は俺に小さな紙袋をよこした。中にはまた女児用の髪ゴムが入っている。星型のチャームが付いている。 「ありがとう……」 「壊れてたし捨てちまえば~?」 「捨てないさ。宝物だからな」  彼は急に顔を真っ赤にして両手で隠してしまった。 「いつまで持ってんだよ」 「失くすまで」 「それじゃ、オレに貸しちゃ、 紛失(ダメ)だな」  背中を見せた彼の耳は真っ赤だった。 「宝物が増えちゃうな」  俺は星の付いた輪ゴムを摘んだ。 「使えよ」 「俺の悪いクセさ」 「どんぐり隠したところ忘れるリスじゃん」 「そうか?」 「使わなきゃイミねーの。分かる?」  彼は今、どんな顔をしているのだろう。 「そうだな。こっちは使って、あれはしまっておくよ。大切に、な。前髪伸ばさないと」 ――縛っちまえば?前髪伸びんのウザいよな。髪上げたほうが涼しーし。  *** 大学生くらいの想定。タイトルは髪型 2023.6.30

ともだちにシェアしよう!