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冷ややかなまやかし ※
monogatary.comからの転載。
お題「冷やし中華はじめました」
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尽くすのが好きという自覚はある。それは"本当の愛"というものではないのかも知れないし、結局のところ愛しているのは"そういう自分"なのかもしれない。
けれどそれには"自分を好きになれる自分"を見つけることのできる相手がいなければならなかった。社会的生き物のつらいところは、他者無しで自己を完結できないところにある。人は一人で生きていけないが、同時に独りにはさせてくれないということでもあり、人は独りではひとつとして見做されないのかも知れない。
寂しくはない。いいや、それが寂しいことなのか否か、俺は忘れてしまった。
俺は俺が愛していると思えた相手と付き合うことができた。突き詰めなければ……俺は彼を、彼自体として好いていたが、結局のところ、俺が俺自身に満足するために、彼を愛しているなどと思い込んで、惚れて、今に至るのではないか。
彼は冷やし中華が好きだ。よく食べている。お気に入りのメーカーのものはタレとふりかけが入っていた。
それのみだ。
俺は玉子を焼いて、ハムやきゅうりを切っておく。冷やし中華となれば彼はトマトも積極的に摂っていたし、豚肉も茹でる。
それは俺が好きでしていることだ。冷やし中華自体を俺は食べないが、彼が使うのなら用意しておくことは苦ではなかった。彼はものぐさで、あまり料理はしない。自分で冷やし中華を茹でるだけでも感心ものだ。よく食べる姿を見るのが好きだし、それが俺の力が介在したものなら尚更に満足だった。
夏の些細な風物詩は、俺をもてあそぶ。単純作業がよくないのだろうか。玉子を綺麗に巻くまではよかった。細切りの作業が問題だった。豚肉を茹でる水を熱している時間も。
俺は心の底から、純粋に彼を愛しているのだろうか。この時間は苦ではないのだ。むしろ楽しいくらいだった。これが好きなのだ。俺は人のためには動けないエゴイストなのだ。俺は結局、彼を愛してなどいない!
玄関の扉の鍵から降りた。
「ああ、またオマエ?もうやめてくんねぇかな。食材ムダだし、光熱費オレ持ちなンだよな。知らないやつの作ったモノ食うのも、なんかヤだし」
彼の手にはレジ袋が下がっていた。あの冷やし中華のパッケージが透けて見えた。
「余計なお節介なんだよな。この味が好きで食ってんの。他の具材に邪魔されるとかヤなワケ」
「これからひと来るから帰って。次来たらマジでケーサツ呼ぶし」
俺は玉子を細切りにしていた。包丁を持っていた。
***
2023.6.30
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