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朝の光に泣く ※

monogatary.comからの転載。 お題「星空を見上げたら」 ***  夏の夜空に黒い手形が翳された。煌めく星は等間隔ではないのに、何故だかそれが具合の良いように見える。夏は蒸れてとても暑いが、どうしても憎めないのは風情が色濃いからか。この国に生まれてしまうと…… 「どうした」  俺は彼に話しかけた。 「あの星とあの星の間は、ずっと遠いんだろ?隣り合ってるのに、ここからテセニーランドよりも、ずっとずっと遠いんだろ?」 「そうだな」  俺は無責任に答えた。彼は少年ではないし、俺と同い年だ。頭はあまり良くないが、時折それは偽りで、実は俺なんかより遥かに聡いのではないかと思ったり。すべてを見破れなくても別にいい。彼が俺にそう接したいと思ったのならそうすれば。 「こっから日本を縦にしても、北海道の端っこは、あそこまで届かないんだろ?」 「そうだ」  俺はまた考えもせずに肯定した。 「中に入ろう。蚊に刺される」 「刺されないよ」  俺は彼の肩を抱いた。どこかで花火が上がっている。見えはしないが音で分かる。 「夏って怖い?」 「どうして」  ホタルが飛び交い、彼を照らす。命を燃やす様が美しいと、刷り込まれている。腹切りにしろ、桜にしろ。侘び寂びというやつだ。昼間のセミに足らないのはそこなのだろう。蚊に至っては不快だけではない実害がある。 「夏って怖いのかと思った」 「どうして」 「いつもオマエ、泣いてるから」  軒下に吊り下げた風鈴がちりんと鳴った。俺は縁側に彼を連れ戻す。 「あの星と星の間よりもずっと遠いところがあるんだ」 「ないよ」  彼は無責任に否定した。 「あるんだよ」 「ない」  蚊が飛んできて、彼が叩き潰そうとする。  俺は腕を差し出すと、小さな羽虫はそこに留まった。細い脚の白い模様が微かに見える。血を吸うのはメスだけらしい。 「殺さないの?」  彼が訊ねた。 「気分じゃない」 「なんだよ、気分て」  彼が笑った。昼に見た向日葵みたいだ。 「蚊取り線香、効かないんだな」 「タフに生きないとなんだろう。夏も年々暑くなるから。セミも、カブトムシも……」 「お化けも?」  俺は彼を見てしまった。彼はただ首を傾げる。 「お化けのことは、知らない」 「信じてないもんな」  蚊取り線香の匂いが静かに俺の鼻へ入り込んでいく。 「信じて、ないよ。何もかも、信じてないんだ」 「夏がクソ暑くなってるコト以外は?」 「そうだ。地球温暖化以外、何も」  俺がこういう偏屈を気取ると彼は面白がる。だから乗っかる。彼にとって俺は"気難しい変なヤツ"だった。 *** 2023.7.1

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