127 / 178

涼やかに飛ぶ ※

monogatary.comからの転載。 お題「シャーベットと夏の空」 ***  あ、と言われたらぼんやりしていた意識もはっきりしてくるものだ。急に止まった背中に追突してしまうがアイスは無事だった。    付き合いで買ったアイスはコンビニやスーパーのものではなくてラスキンロマンスのカップのものだ。俺はフランボワーズとピスタチオのシャーベット。彼はチョコミントとリボンチーズがキャラメルでどうのこうのとかいうやつと、ポップンダンシングソーダとかいった定番のやつだった。 「なんだ」  3段にするならカップにしておけ、と言ったのは口煩い親みたいだったろうかとわずかながら後悔もしていたが、正解だったと今になって思う。 「トンボいた、トンボ」  季節は夏。冬なら多少の同情は湧いたかも知れない。トンボなど珍しくない。それを子供みたいに。 「翅が黒くてめっちゃキレーなやつなんだよ。カラダがめっちゃ細くて青く光ってた」  おそらく羽黒トンボだ。別に珍しくはない。 「オマエに見せたかったなぁ。めっちゃキレーだったんだケドなぁ」  俺はそれを見たことがあるけれども言わないことにした。  確かに綺麗かも知れないが、彼のことだからカブトムシやクワガタで騒ぐものだと思っていた。 「それじゃあ、またいたら教えてくれ」 「メロンシャーベットとラムネみたいな色してた」 「トンボをアイスで喩えられてもな……」  大体、アイス屋に寄ったのも、今日の快晴からの思い付きだった。ラムネソーダにすると意気込んでいたのに、結果頼んだのは違うもの。行き当たりばったり。考え込み過ぎる俺にはなかなかできない芸当だ。  アイス屋は別に期間限定というわけではないし、何かまずいメニューがあるわけでもない。感覚で頼んでもいいはずなのに、何かを恐れて考える。間違いを恐れて。何かを間違いだと決めつけて。後悔が怖いのだろう。どれを頼んだってきっと美味しいのだ。不味くたって、毒ではないし、死にもしない。笑い話にすればいい。教訓にでも。なのに失敗など一度もせずに、最善を見つけようとしている。そんなものありはしないかも知れないのにな。  彼はふとまた立ち止まった。今度は俺も立ち止まれた。 「綺麗なトンボ、またいたか?」 「ううん。気分転換できたかな~って、思ってよ」  彼の後ろを、例のトンボが飛んでいく。ビロードのような黒い翅と、翠碧の胴体が、晴天に。行き先は同じか。 「できた。ありがとうな」  考え込むのは俺のどうしようもない癖だった。これは性分だった。もう変えようのない。 「ふーん。じゃ、また暑い日には付き合えよ」 「そうだな。またアイス、選んでくれよ」 *** 2023.7.1

ともだちにシェアしよう!