128 / 178
偽悪の及第 ※
monogatary.comからの転載。
お題「0点の言い訳」
***
人というものは変わりゆく。死ぬまで完成しない。ある意味では死んでから発掘され、変わっていく。誰にも理解されないまま。誰にも理解させきれないまま。
人は魔が差す。論理的にはいかないし、推理されるままにいかないこともある。人間というのは常に安定しない。
俺の場合は魔を差してみろ、と魔が差した。悲しませたくなった。傷付けてみたくなった。苦しませてみることで苦しんでみたくなった。
言い寄る男は別れを切り出すものなのだと、前に姉が言っていた。ドラマを観ながら。何かを知ってる横顔で。
そのとおりだ。あれは姉の予言だった。いいや、姉の偏見に俺が感化されたのかも知れないけれど。
「将来性が無いだろう?付き合うなら、結婚がセットだ。結婚するのなら、子を持つのがセットであるべきだ」
彼が気にしていることを突くのが上手いと自負したのはいつだろう?
結婚、子供。そんなものに俺は価値を感じない。やれるやつがやればいいのだ。やりたいやつがやれない世情ではあるけれど、豊かな国なんだ!ここは。
「だから別れてほしい。別れてくれ。別れるべきだ」
俺は捲し立てた。素直で愛嬌のある彼は泣くと思った。俺のことがもう嫌いでも、拒絶を口にされたことに傷付くと思った。
「魔が差したんだよ。そんなつもりじゃなかった。好きなのはオマエだけなんだって……」
彼は俯いた。傷んだ髪の奥につむじが見える。
俺は喉が痞 えた。喋りすぎた。
「言い訳としては0点だよな」
やっと俺を見た彼は別に泣いてはいなかった。喜びもしない。
「聞きたいのはありのままの理由だ。それを突っ撥ねたりはしない」
人なんてのはそんなものだ。魔が差す。理由なんかない。後付けの理由に説得力を求めても仕方がない。魔が差す隙があった。その原因を求めている。簡単に壊れてしまう関係だという認識が足りなかったということだ。慎重になるだけの価値が。
「浮気じゃないよ。道でばったり会っただけ。結婚とか子供とか、そんなこと言わせてごめんな」
「違う!俺は別れたいんだ!もう別れたいんだ!世間のいう"理想像 "に溶け込みたいんだ!」
彼は怒鳴ってしまった俺を抱き締めた。苦しくなる。
「不安にさせてごめんな。オマエにコクられたときから、尽くすのはじゃあオマエにしよって決めてんだよ。何にも執着薄いからさ、オレ。一旦懐入れたら、定員数1名なんだわ」
「だから泣かないで」
俺は泣き叫んでしまった。年甲斐もなく。
***
2023.7.1
ともだちにシェアしよう!